漫画家でコラムニストの辛酸なめ子さんが、気になる言葉を独特の切り口で読み解く人気連載「辛酸なめ子のじわじわ時事ワード」。今回は「ネアンデルタール人の虫歯治療」を取り上げる。
5万9000年前の根管治療
何十回受けても慣れない虫歯治療。キュイーンというドリル音を聞きながら、この時間が早く終わることを祈ることしかできない。しかし、5万9000年前のネアンデルタール人はもっと過酷な治療を受けていたようだ。
ロシア科学アカデミーの研究チームが、シベリアのチャギルスカヤ洞窟で発見されたネアンデルタール人の臼歯を調査。石器のドリルを用いて歯に穴を開け、炎症を起こした歯髄を取り除いていたらしいことがわかった。なんとネアンデルタール人は、現代でも難しい根管治療を行っていたのだ。
従来の説を覆す発見
これまで、人類が積極的に歯の治療を行っていた痕跡は、約1万4000年前のイタリア北部のホモ・サピエンスの石器による処置が最古だと考えられていた。それ以前はつまようじで突くくらいだと思われていたのが、今回の発見で覆った。
ネアンデルタール人は原始的で粗野なイメージがあったが、高度な医療も行う知的な人類だったようだ。ある歯科教授は、ネアンデルタール人の虫歯治療を「まずまずの仕事」と評価。ドリルで削ったあとの空洞の滑らかさや摩耗からは、歯を削られた人がしばらく歯でかんで食事できたことを示している。
当時の歯科医と痛み
当時、歯医者さんのような役割の人がいたのだろうか。シャーマン的な存在で、恐怖や痛みを軽減する儀式を行ったり、薬草などを用いたりしていたのかもしれない、と想像が膨らむ。その後も歯を使えるようにしているので、できるだけ抜歯せずに歯を残す主義のネアンデルタール人歯医者だったのかもしれない。
研究者が、現代人の歯に、手動で石を使って穴を開けられるか実験したところ、35分から50分もの時間を要したという。ネアンデルタール人は痛覚が敏感という説もあり、麻酔なしで長時間削られ続ける痛みと恐怖は相当なものだったことだろう。
現代への影響とネアンデルタール人の恋
日本人もネアンデルタール人の遺伝子を受け継いでいるので、石器で歯を削ったトラウマがDNAに刻まれてしまっている可能性も。一方で、そんな治療を乗り越えられたという自信や達成感も受け継いでいると思えば、虫歯治療も耐えられる。石器ドリルの時代からは考えられないほど医療技術が発展した現代。1分間に数十万回の高速回転でスピーディーに削ってくれる歯科用ドリルがありがたく思えてくる。
知的な面も持っていたネアンデルタール人。そんなネアンデルタール人男性とホモ・サピエンス女性が先史時代、惹かれ合っていたという説が話題になった。学術誌「サイエンス」に掲載された研究によると、ホモ・サピエンスのX染色体を調べたところ、ネアンデルタール人男性がホモ・サピエンスの女性を好んで選び、交雑に至っていたらしい、という推測が。別の研究では、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人の口腔内に同じ微生物が存在しているのが確認された。どうやらキスしたり食べ物を分け合ったりした、ということらしい。強引に関係を持った、というのではなく、現代人のカップルと同じように楽しく男女交際していたのなら何よりだ。



