内田有紀×寺西拓人『ラストノート』第10話 20歳差の“大人の事情”がリアルに刺さる
『ラストノート』第10話 20歳差の大人の事情がリアルに

フジテレビ系ドラマ『ラストノート』(毎週木曜22:00~ ※FOD・TVerで見逃し配信)の第10話が、10日に放送された。内田有紀と寺西拓人がW主演を務める本作は、20歳差という年齢差に加え、育った環境や経験にも大きな隔たりがある、“恋をするはずがない/恋するわけにはいかない”男女が惹かれ合う大人のラブストーリーだ。

序盤の“カオス”から一変、リアルな“大人の事情”が浮き彫りに

序盤はロマンス詐欺に三角関係、友人との恋人争奪戦と、そのカオスを楽しむ展開だった。しかし、最終回を目前にして印象が一変。50歳を目前に「好き」という気持ちだけでは突っ走れない葵(内田)と、30歳を迎え自分の人生を恋愛によって動かされることに迷う澄晴(寺西)――20歳差という設定が、痛いほどリアルな“大人の事情”として突き刺さる内容になった。

今作の序盤における楽しみ方といえば、エンターテインメントとしての“ツッコミ”だった。ロマンス詐欺にハマった友人を救うため、ヒロイン自らが張本人に近づいていくサスペンス。本性を知られまいと繰り広げる攻防のスリリング。偽りで近づいたとわかっていながら惹かれ合ってしまうロマンス。そこへ暴走する友人のメロドラマや、さまざまな恋敵たちが巻き起こすカオス――恋愛ドラマの建て付けでありながら、ドロドロとした人間模様やわかりやすい“ときめき”をキャッチアップし、茶々を入れながら楽しむドラマだった。

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「50歳のヒロイン」である意味がここで明確に

前回から今回にかけて、そんな“ツッコミドラマ”だったはずの本作が、妙に心に染み入るようになった。ロマンス詐欺のギミックや、友人と恋人を奪い合うメロドラマ、同時多発する三角関係のカオスは、ここへ来てすべてがまっさらになってしまった。拍子抜けするほど全員がいい人になったとも言えるし、最終話直前によくある、物語を終結させるための都合のいい展開とも捉えられかねない。けれど本作は、そんな当初の楽しみ方がなくなり、全員がフラットになったことによるガッカリが皆無だった。むしろ逆に、とてつもないリアリティをもって、主人公と歳の近い視聴者の心を深くえぐり、共感させる物語へと昇華していったのである。

大人になるということは、「分別がつく」ということだ。だから、たとえ恋愛という、本来は分別のつけようがない事象に対しても、大人になればなるほど無意識に分別してしまう。前回から今回にかけての葵の行動――澄晴から無理やり距離を置き、理由もなく別れようとする姿は、「好きならば、そんなことをする必要がない!」と、若い視聴者には到底理解できなかったかもしれない。

けれど、葵は50歳を目前にした、分別してしまう大人なのだ。友人を捨て、元夫から反対され、若い友人から軽蔑され、好きな人の父親からも反発される。そこまでのものをすべて背負ってまで、恋を貫く必要があるのか?そんな恋愛は、しなくてもいいものなのではないか?と、物理的にも距離を置きたくなり、逃避行のような行動に走ってしまうのは、その年齢に近づいたからこその、痛いほどにリアルな感情なのである。

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50歳の葛藤を越えた先に待っていた30歳の決断

なにより本作が素晴らしいのは、分別によって50歳の恋愛のリアルを突きつけておきながら、最終的には「相手を慮るあまりの分別」よりも、さりげなく訴え続けてきた「自分を信じる」という、ごく当たり前のテーマへと帰着させたことだ。自分の心を信じた結果、人に優しくなっていく。その着地点によって、カオスだったはずの登場人物たちが全員、心洗われていく。挙げ句、葵自身も自分に正直に、「好き」という気持ちを信じて澄晴へ会いに行く。その感情のグラデーションが、実に美しかった。

しかし、そんな50歳のリアルと逡巡を丁寧に描写したそのラスト。今度は、「30歳男性のリアル」が襲いかかってくる。自分を突き動かすものが自分自身ではなく、相手からでいいのか?それがしかも、恋愛によって突き動かされる自分でいいのか?という「30歳男性のリアル」によって、澄晴が葵に別れを告げ、最終回へなだれ込むという展開には恐れ入った。

50歳と30歳――2人それぞれが抱える、途轍もなくリアルな大人の事情が、今度は真正面からぶつかり合う。さて、その先に待っている最終話。一体、どうなってしまうのか。