「世界で一番かわいい曲をつくる」といわれる作詞・作曲家のヤマモトショウさん(38)。7人組グループ「FRUITS ZIPPER」に提供した「わたしの一番かわいいところ」は、TikTokの総再生回数が30億回を超える。そんなヤマモトさんの中高生時代は、どんな少年だったのだろうか。
サッカー少年だった小学生時代
小学生時代は静岡県の富士川町(現・富士市)で育った。静岡はサッカーが盛んな土地柄で、4年生から地元のスポーツ少年団でサッカーを始めた。ポジションはディフェンダー。背が高くなかったため、相手の選手が大きいと大変だったという。チームはそこそこ強かったが、プロを目指すというよりは純粋にサッカーを楽しむ感じだった。
音楽については、5歳の時に母親に連れられてピアノを習い始めたが、練習もせずおしゃべりばかりしてすぐにやめてしまった。ただ、子どもの頃から歌謡番組でヒットチャートをチェックするのは好きだった。
中学受験と自立心を育んだサッカー部
小学生の頃から勉強は得意で、同級生では珍しく中学受験に挑戦した。田舎だったので自分の実力はわからなかったが、苦手意識はなかったという。中学に入るタイミングで引っ越しをすることになり、同じ小学校には受験する生徒はほとんどいなかったが、志望していた国立の静岡大教育学部付属静岡中学校に合格した。
中学でもサッカー部に所属。ここでも勝利にこだわるよりは、みんなで楽しく取り組む雰囲気だった。小学生時代は保護者が手厚くサポートしていたが、中学では用具やドリンクの準備から遠征時のバス移動まで、すべて自分たちでやらなければならなかった。顧問の先生が練習に来ることはほとんどなく、ポジションや練習メニューも部員同士で話し合って決めていた。初心者も多く強くはなかったが、自分たちで考えて行動しないといけないので、自立心や自主性を身につける貴重な体験になった。
文化祭で音楽に目覚める
音楽に目覚めたのは中学1年生の文化祭。3年生の先輩たちのバンド演奏を見たのがきっかけだった。それまで音楽は「授業でやるもの」か「テレビの中でプロがやるもの」だったのに、自分たちでもできると知って衝撃を受けた。中学2年生になる頃、クラスの友人に声をかけ5人でバンドを結成した。
お年玉を使って近所の楽器店で安い初心者用のエレキギターを買ったが、教えてくれる人は誰もおらず、完全に手探りの状態だった。バンド演奏のための楽譜も買ったがうまく読めず、書かれている数字の意味や弦を押さえる位置を解読しながら練習を進めた。よくわからなくても、弾いてみると「音が近づいてきたぞ」となる感じでおもしろかったという。
中学校では朝や下校時に校内放送でビートルズの「Let It Be」などが流れていたので、ビートルズや当時はやっていたGLAYの楽曲をコピーし、2年生の文化祭で初めて人前で演奏した。うまくはできなくても、演奏をしていると好きなものとつながっている感覚があり、「これは楽しいな」とハマっていった。