本堂竣哉、ベーゼンドルファーで挑むゴルトベルク変奏曲の神髄
本堂竣哉、ベーゼンドルファーで挑むゴルトベルク変奏曲

チェンバロのために書かれたバッハのゴルトベルク変奏曲をピアノで弾くには勇気がいる。表現においてはるかに大きな可能性を持つピアノは、音楽につい「余計なこと」を付け加えてしまう。だから演奏者には安易な独善を排する並外れた自制心が求められる。一方で、およそ300年前の作品に刹那の生命を吹き込まねばならない。

117年前のベーゼンドルファーとの対話

この夜、ピアニストは117年前に作られたベーゼンドルファーとタッグを組み、バッハの壮大な宇宙に身を投じた。30の変奏一つひとつのテンポを熟考し、浮かび上がらせたい対旋律やさまざまな装飾音を適切に取捨選択し、多声部が織りなすハーモニーを吟味し、わずかなテンポの揺らぎでフレーズの変わり目に工夫を凝らしていく。

グールドの引力圏を離脱した演奏

最大の難関は、この曲をピアノで弾いた先駆者グレン・グールドの存在だ。グールドが残した玄妙な録音は、後代の演奏家の探求をことごとく亜流におとしめてしまう。その引力圏を離脱し、創造的自由を獲得するには、大きなエネルギーが必要だ。80分を超える演奏で本堂が聴かせた神髄は、入念な準備をあえて脇に置き、即興的と言ってもいい楽器との対話から紡ぎ出される静かな熱気だった。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

第25変奏から大団円へ

長い旅路を経て現れる第25変奏の悲痛な詠嘆が、一つの頂点を形作った後、続く第26変奏の複合リズムと手の交差が織りなす喜びの湧出へと切り替わる場面はどうだろう。ペダルを使わないノン・レガート奏法は、一音一音の輪郭を保ったままうねるような音の波動を生み、物語が大団円に向かって動き出す瞬間をあざやかに描き出した。

余計なおしゃべりをせず、小手先の解釈やテクニックを超えて作品の本質に迫るには、時間をかけて沈思黙考する精神と、瞬間ごとに燃焼し音楽に共鳴する身体が不可欠だ。まだ20代前半のこのピアニストは、そのことを十分理解し、かつ激しく希求している。将来が楽しみだ。(松本良一)

――7月23日、東京・飯田橋、TOPPANホール。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ