サングラスの軍人はスモーキングルームの一人掛けソファで脚を組み、「退役した」とぼそりと言った。「もう主語を我々にしなくていいんだ」と皮肉っぽく笑う。
「お勤めご苦労様でした、と申し上げるべきでしょうか」
「なぜ訊く?」
「どうも晴れやかとは言い難いお顔なので」
「君には敵わないな」とサングラスの元軍人が目を細めた。「我が国が他国の戦争に首を突っ込みそうでな。部下がジャングルに送られる可能性を考えると、自分だけ逃げたように感じられる」
「我が国、ですか。口調が変わっていませんよ」と金ボタンも皮肉っぽい笑みを浮かべ、「まったく嫌な職業病だ」とサングラスの元軍人は煙草をふかした。「なあ、金ボタン」と見上げる。
摩天楼の誘い
「摩天楼のビルを見たくないか」
「海を渡ってということですか?」
「ああ。伝統もいいが、鉄筋の高層ビルが建ちならぶ大都市で一度働いてみるのはどうだろう。つてがあってな、高級クラブの支配人を頼まれているんだ。まあ、用心棒みたいなものだろうが。政治家や世界的な映画俳優やプロスポーツ選手やミュージシャンが出入りするクラブだ。こことは一味違った人脈ができるぞ」
「私はホテルマンですよ。畑違いではないでしょうか」と薄く笑う金ボタンに、「君は順応力も高いし、語学に長けて、機転もきく。なにより、度胸がある。問題ないだろう」とサングラスの元軍人は言った。そして、「そうそう、君が欠かさず映画を観ているセクシーな金髪女優もくる店だ」と付け加えた。
金ボタンの心の動き
その話を金ボタンは煙に伝えた。煙は厨房の裏手の作業台で、庭師が伐った薔薇の棘をひとつひとつ取りながら、「君の部屋に貼ってあるポスターの女優だね」と微笑んだ。
「そう! あの色っぽい唇、その横の黒子! 女性らしい曲線美! 最高だよ!」



