元・新日本プロレス社長で、アントニオ猪木の元娘婿であるサイモン・ケリー猪木氏が、猪木の晩年の知られざる素顔を明かした。身内だからこそ知る、リング上とは異なる「猪木寛至」の姿とは――。
猪木の疲労と、素の姿
「これは猪木さん疲れてるなっていう時も、わりとしょっちゅうありました。人に囲まれて楽しそうに飲んでいても、パッて見たら寝てしまっていたり。人といると賑やかにやってるんですけど、1人になったら寝込んじゃうみたいな」とサイモン氏は振り返る。
猪木は常に多忙で、周囲に大きなエネルギーを使う人物だった。サイモン氏自身も「猪木さんと何日か一緒にいるだけでものすごく疲れました。朝から人と会い続けて、夜は会食があって、もう寝る時間もろくにないということも何度もありました」と語る。
かつては体のケアに時間を割いていた猪木だが、晩年はマッサージや闘魂棒を使ったストレッチなどの時間も徐々に失われていったという。
「アントニオ猪木」じゃなくていい時間
サイモン氏だからこそ接することができた、リラックスした素の猪木の姿があった。それは日本ではなく、アメリカで会った時のことだった。
「何でもない時っていうんですかね、要するに『アントニオ猪木』じゃなくていい時間。そういう時がいちばん楽しそうでしたね。周りの目を気にしないで、気をつかわないで、本名の猪木寛至でいられる時が、印象に残ってます」とサイモン氏は語る。
日本にいる時は常に「アントニオ猪木」として振る舞わなければならなかったが、アメリカで会う時や、日本でも事務所で2人きりになった時には素の表情を見せたという。「優しい人だったし、むしろ人に気を遣うタイプでした」とサイモン氏は証言する。
「おじいちゃん」の顔
特に、妻(猪木の娘・寛子)や子供の話をする時の猪木は、まるで普通の祖父のようだった。「寛子の様子を聞いてきたり、うちの子供のことを聞いてきたりする時なんかは、まさに『おじいちゃん』になってました。顔つきからして違いましたね」とサイモン氏は述懐する。
アントニオ猪木は24時間、常にアントニオ猪木を演じていたと言われる。しかし、サイモン氏にとってはそうではなかった。時に稀代のカリスマであり、上司であり、同時に妻の父親であり子供の祖父でもあった。そこにはファンが見ることのできない「猪木寛至」が確かに存在していた。
この証言は、宝島社から発売された『証言 アントニオ猪木 絶望と復活の闘魂人生』に収録されている。同書では、猪木の知られざるエピソードが多数紹介されている。



