「りくりゅう、何が正解?」五輪金の問いと半年後の婚約回答
「りくりゅう、何が正解?」金の問いと婚約回答

フィギュアスケート・ペアの三浦璃来、木原龍一組がミラノ・コルティナ冬季五輪の金メダルを手に帰国した直後、2人は東京・日本記者クラブで記者会見した。2月25日、産経新聞論説委員の森田景史氏がその司会を務めた。

「最も愚かな問い」とは何か

駆け出しの頃、上司からたたき込まれた新聞記者としての鉄則がある。「最も愚かな問い」とは、何も訊かないことだ。取材現場で記者が相手に投げかけるのは、「愚問」に色分けされる問いが大半を占めている。地道な事実確認や、発言の真意をただすための念押し。外野の目には愚問と映るであろう問いの積み重ねから、すべての記事は生まれる。

記者会見という営みも同じだろう。メディアの進化で、昨今は記者の質疑が大勢の目に触れ、批評にさらされるようになった。視聴者からの「愚問」の冷笑を恐れ、記者が「最も愚かな問い」に引きこもってしまえば会見は成り立たない。

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司会者が投げた「夫婦漫才」の問い

会見に先立ち、「2人の仲を聞いてくれ」と周りのベテラン記者から圧力を受けていた。世間の関心事でもあったが、同時に最も聞きにくいナイーブな事柄でもあった。直截な訊き方は礼を失するし、世間を敵に回しかねない。角を立てず、「りくりゅう」の立場を損ねることなく、それでいて核心にどう迫るか。思案が煮詰まらないまま、会見が始まった。

会見の終盤、司会者は「見ようによっては、いろんな関係に見えるんですね。仲のよい兄妹にも見える。友人関係にも見える。夫婦漫才にも見える。『りくりゅう、何が正解なの?』をひとこと…」と切り出した。「夫婦」でなく「夫婦漫才」としたのは、どのようにも解釈できるからだ。2人に、そして自分に逃げ道を用意した、いわば保険である。

三浦さんは笑ってくれた。会場も沸いたようだった。木原さんと三浦さんが漫才さながらの呼吸で相手の言葉を引き取り、「戦友…じゃないけど」「一緒にいて当たり前」「けんかもしますし…」「家族みたい」と続け、最後に2人で「あとはご想像にお任せします」と締めた。波風を立てることなく、穏やかに場を収めていただいた。

半年後の答え合わせ

会見から半年、りくりゅうは8月23日にSNSで婚約を発表した。リンクの上で木原さんが三浦さんに指輪を贈るショットは、眼福の一語に尽きた。驚きはない。むしろ、そうあってほしいとの願いをあの質問に込めたつもりだった。答え合わせで正解が得られたことに、安堵を覚える。

思えば五輪本番ではショートプログラムで5位と出遅れ、木原さんは悲嘆の涙に暮れた。その翌日は、一糸乱れぬフリーの演技で逆転の金メダル。虹は雨のあとに立つ。氷に刻まれた滑走の跡には、人生の縮図を見る思いがする。

会見場では伝えられなかった「お幸せに」の言葉を、この場を借りて記しておく。「最も愚かな問い」かどうかを分けるのは、訊くか訊かないかの差でしかない。筆者はあの場で訊くことを選んだ。愚問には違いないけれど、「最も愚かな問い」ではない。いまでも、そう思っている。

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