フリーアナウンサーで俳優の田中みな実が、亀梨和也との結婚と出産を経て、新たなステージに立っている。「すべてを手に入れた女性」として注目される一方、ママタレントとしての転身には高い壁があると、作家でお笑い評論家のラリー遠田氏は指摘する。
自己管理の執念が生んだ美容アイコンとしての成功
田中の本質は、単に美容に詳しいことではなく、自分の人生を自分の意志で整えようとする執念にある。これまで彼女は、ぶりっ子アナというネガティブなイメージを払拭し、女性が憧れる美容アイコンへと変貌。さらに俳優としても活躍の場を広げてきた。そのキャリアは、常に世間の見方との駆け引きによって築かれてきたと言える。
しかし、育児は自分の努力だけではどうにもならないことの連続だ。子供は予定通りに寝ないし、食べないし、親の理想通りには動かない。この不確実性と向き合うことは、田中にとって大きな試練であると同時に、タレントとして新しい奥行きを獲得する機会にもなる。
完璧な家庭像は反感を生む可能性
これまでの田中は、こだわりの強さや感情の揺れを、自己分析と言語化によってエンターテインメントに変えてきた。母親になっても、育児法の正解を教えるのではなく、自分の理想が通用しないことへの戸惑いや、完璧さにこだわることをあきらめていく過程を率直に語ることができれば、従来とは違う共感を獲得できるはずだ。
逆に、すべてを完璧にこなす美しい妻、母、女優として振る舞おうとすれば、視聴者との距離はさらに広がることになる。亀梨との結婚によってすでに「すべてを手に入れた女性」に見えやすくなっているだけに、完璧な家庭像まで提示すれば、憧れよりも反感が勝る可能性があるとラリー遠田氏は分析する。
不器用さも語り続けるべき
田中に求められるのは、従来のキャラクターを捨ててママタレになることではない。結婚や出産によって揺らぐ自分を含め、田中みな実という人物の続きを見せることである。美容へのこだわりも、感情の不安定さも、不器用さも、母親になったからといって消えるわけではない。それらが育児や夫婦生活の中でどう変化するのかを、過度に一般化せず、自分自身の物語として語るべきだろう。
幸せを手に入れた後も残り続ける葛藤や不器用さを、自分の言葉で素直に語ることができれば、彼女は単なるママタレではなく、人生の段階ごとに女性たちの感情を映し出す、息の長い表現者になっていくのではないかとラリー遠田氏は締めくくっている。



