NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』では、竹中半兵衛(菅田将暉)の死後、黒田官兵衛(倉悠貴)が豊臣秀吉を支える軍師として活躍する。しかし、ルポライターの昼間たかし氏は、官兵衛の「天才軍師」イメージは後世に作られたものだと指摘する。
『黒田家譜』が生んだ天才像
官兵衛が半兵衛の後継として秀吉の軍師に抜擢されたという見方は、福岡藩3代藩主・黒田光之の命により儒学者・貝原益軒が編纂した『黒田家譜』(1688年完成)に基づく。昼間氏は「現場を知った上で記した史料ではなく、藩主の命で公式にまとめられた黒田家の歴史であり、バイアスが入っている」と解説する。実際、官兵衛の生涯には失敗も多い。
失敗だらけの「軍師」
ドラマでも描かれた荒木村重への説得工作では、有岡城に乗り込んだ官兵衛は捕らえられ幽閉された。織田方からは裏切りを疑われ、家族が処刑されかけた。また、関ヶ原の戦いでは、戦乱が長引くと見て東軍として九州に勢力拡大を図るが、短期決着で野望は頓挫した。昼間氏は「天才軍師にしてはミスが多い」と評する。
史料の信頼性とバイアス
『黒田家譜』は黒田家の功績を誇張する目的で編纂された。例えば、宇喜多氏の調略について「信長は強い、毛利なんてダメ」と描くが、実際には官兵衛は「地元の便利な協力者」に過ぎなかった可能性がある。また、村重の謀反で主君・小寺政職が裏切った件も、官兵衛を高潔な被害者として描くロジックが使われている。昼間氏は「赴いた理由がわからないのに、政職の策略と説明している」と疑問を呈する。
天才軍師の虚像と実像
官兵衛の天才イメージは、後世に名を残した貝原益軒の編纂作業に負うところが大きい。昼間氏は「官兵衛が半兵衛亡き後の秀吉を支えた天才軍師という見方は疑ったほうがよい」と結論づける。ドラマで描かれる華々しい活躍の裏には、史料のバイアスがあることを視聴者は認識すべきだろう。



