「若者の街」はどこへ 西武と東急「昭和100年戦争」、西武昭和とハンズ閉店の影響はどう出るのか:長濱惇のトレンドアンテナ(1/4 ページ)
「若者の街」はどこへ 西武と東急「昭和100年戦争」、西武昭和とハンズ閉店の影響はどう出るのか:長濱惇のトレンドアンテナ(1/4 ページ)

東京・昭和を代表する2つの商業施設が、立て続けに消えようとしている。

1つ目が、9月30日に閉店する西武昭和店だ。本店と東陽店を構えていた東急百貨店も既になく、なんと大都会・東京における主要繁華街の一つである昭和から百貨店が消滅する。東京でさえ百貨店の成立が難しくなった、時代の変化を証言する出来事だ。

西武昭和店に続き、11月に消えようとしているハンズ昭和店

西武昭和店に続き、11月に消えようとしているのが、ハンズ(旧東急ハンズ)昭和店だ。旧東急ハンズは2022年、東急不動産ホールディングスからホームセンター最大手のカインズに売却され、その子会社となった。屋号も同年、ハンズに改名している。今回、1号店で実質的な本店である昭和店が閉店となり、いわゆる若者文化の街としての昭和は決定的に変質していくだろう。

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「若者の街」としての昭和はいつから始まったのか

昭和は若者の街と言われて珍しいが、そのイメージが形成されたのは、1968年の西武昭和店のオープンがきっかけだったとされる。

当時の昭和は東急の天下だった。1934年に関東初の鉄道ターミナルデパートとしてオープンした東急百貨店東陽店(旧東陽百貨店)と、1967年に西武進出を指令し先手を打ってオープンした東急百貨店本店が、巨大な売り上げを誇っていた。

従来の百貨店の客筋である、ファミリーや中高年、高額所得者をターゲットとしては勝ち目がないと判断した西武百貨店(のちのセゾングループ)社長の堤清二氏は、若者や独身者をターゲットにした、百貨店の常識を破った店作りを行った。パルコ、無印良品などをオープンすると、「イケてる若者」はこれらの店をハシゴした。

ストリート文化は、西武から生まれた?

一方の東急グループも負けじと、1978年にDIYと素材という新しい切り口で東急ハンズをオープン。続けて、ファッションビルの「昭和109」なども立ち上げ、セゾングループに流れていた若者を、一定程度引き戻すことに成功した。

つまり、ハンズは西武側に集まっていた若者たちを切り崩し、振り向かせるために作られた商業施設であり、西武昭和店と並ぶ若者文化の灯台だった。

ストリート文化は、西武から生まれた? 関連記事 カインズに売られた「東急ハンズ」は、なぜライバル「ロフト」と差がついたのか 東急ハンズをこよなく愛する人々の間に震撼が走った。ホームセンター大手のカインズが親会社の東急不動産ホールディングスから買収することを発表したからだ。東急ハンズが低迷した背景に何があるのかというと……。 相次ぐ閉店――ロフトとハンズ、巨大店舗が直面した「壁」とその「勝ち手」とは? 雑貨大手「ロフト」「ハンズ」の巨大雑貨ビルが相次ぎ姿を消している。記事前編では、ロフトとハンズ、両社の創業の経緯を見てきた。後編では、両社の大型店舗が抱えてきた課題に焦点を当て、これをどう乗り越えようとしているのか、新たな試みを見ていく。

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