元プロ野球選手で野球解説者の山本昌氏が8日、YouTubeチャンネル『名球会チャンネル』で公開された動画に出演し、骨折を隠したまま登板を続けていた過去を振り返った。動画のタイトルは「【殺気立つ甲子園】中日・山本昌がゾンビ阪神との天王山! 落合博満 監督に初めて告げた『代えてください』の真実。<名球会ラジオ>」。
落合監督からの「大丈夫か?」に「ダメです」と初めて交代直訴
2006年シーズン終盤、優勝争いをしていた阪神戦で先発し勝利を挙げた山本氏。その試合後、「ホテルに帰って、髪の毛を洗ってたんですよ。『あれ、なんでこんな肘痛いの』って。投げるときは全然平気だった」と回顧。さらに「次の日、球場でキャッチボールしてたら、もう痛くて脂汗が出てる。それぐらい必死で投げてたんですね」と告白した。
リーグ優勝後、日本シリーズ開幕前に病院で診察を受けたところ、「山本くん、まだ投げるの? 骨折してるよ」と告げられたという。しかし山本氏は「知ってます。もう分かってます」と返答し、そのまま日本シリーズでも登板したと語った。
「肘の感覚がもうなくなってた」―続投を求められ逆転打浴びる
当時を「勝てなかったんですけどね。あの時、マウンド上で落合(博満)監督が来て、『昌、大丈夫か? どうだ』(と言われて)『ダメです』って、初めて言ったんです。肘の感覚がもうなくなってたんで」と回想。自ら交代を申し出たが、それでも「もう1人だけ頑張ってくれ」と続投を求められ、その直後に逆転打を浴びて降板したことを明かした。
また、落合監督には骨折していた事実を伝えていなかったといい、「骨折してるなんて言ってないです。ちゃんとはっきり言っておけばよかったなと思って」と悔やんでいた。
山本昌氏の輝かしいキャリア
山本昌氏は1984年に日本大学藤沢高校からドラフト5位で中日ドラゴンズに入団。32年に及ぶ現役生活で3度の最多勝に輝き、1994年には沢村賞を受賞。2006年には史上最年長でのノーヒットノーランを達成(41歳)。以降も数々の歴代最年長記録を塗り替え、2008年には通算200勝を達成(42歳)。史上初となる50歳での登板を最後に、2015年に現役を引退。セカンドキャリアでは、野球解説者・スポーツコメンテーター、講演会講師として精力的に活動。ラジコン、クワガタのブリーダー、競馬など趣味の分野でも活躍中。



