100歳を超えても現役で演奏を続け、エッセイストとしても活躍したピアニストの室井摩耶子(むろい・まやこ)さんが7月5日、老衰のため東京都内で死去した。105歳だった。葬儀は近親者のみで営まれた。
東京音楽学校を卒業、デビューは1945年
室井さんは東京生まれ。1941年に東京音楽学校(現東京芸術大学)を卒業し、同大学研究科でレオニード・クロイツァーに師事した。1945年、日比谷公会堂での日本交響楽団(NHK交響楽団の前身)公演でデビュー。サティやデュカスらの多くの新作を日本初演し、現代音楽界の寵児となった。
1955年公開の映画「ここに泉あり」(岸恵子主演)では、演奏シーンで山田耕筰と共演し話題を集めた。この映画は日本におけるオーケストラ草創期の風景を描いた作品として知られる。
国際的な活躍と教育者としての貢献
その後、ウィーンやドイツで研鑽を積み、巨匠ウィルヘルム・ケンプに師事。日本を代表するピアニストの一人として国際的に活躍した。指揮者の井上道義さんら、教育者として多くの後進を育てたことでも知られる。
ベートーベンを得意とし、80歳を超えても日本各地のオーケストラと協奏曲で共演、旺盛な演奏活動を展開。100歳を超えても人前での演奏を続け、洒脱な筆致でエッセーも手がけ、音楽雑誌「月刊ショパン」には今月号まで連載を執筆していた。
「長寿の極意」を語る
医療ジャーナリストの福原麻希さんは、かつて室井さんを「長寿の極意」のテーマで取材した経験を語る。当時85歳だった室井さんは「午前中2時間、午後外出しないときは3時間、夕食後も2時間弾きます」と練習時間を明かし、80歳を超えてもステージを精力的にこなし、リサイタルでは2時間前後の演奏で観客を魅了していたという。
室井さんの死去は、日本の音楽界に大きな損失をもたらした。その生涯は、ピアノへの飽くなき情熱と、長きにわたる現役演奏の記録として記憶されるだろう。



