法政大学在学中にミスコンに出場し、その後三井住友銀行に新卒入行した23歳の女性が、入行からわずか9カ月で退職し、芸能界へと進む決断をした。その背景には、銀行の厳しいSNS制限や、キャリアとモデル活動の両立に対する葛藤があったという。
「かなりショックでした」――人事からの思わぬ言葉
「ちゃんと確認していなかった私の落ち度ではあるんですが、そのときはかなりショックでしたね」。そう語るのは、元銀行員で現在は芸能活動を目指す佐野さん(仮名)。彼女は大学時代に写真集が発売されるなど、モデルとしても活動していた。
入行前、人事から呼び出された佐野さんは、「金銭の授受が発生しなかったとしても、モデル業やSNS発信には制限がつくことになると思う」と告げられた。銀行にとってSNS発信は、顧客情報やインサイダー情報の漏洩リスクを伴うため、禁止するのは当然とも言える。しかし、銀行員として社会人経験を積みながらモデル業やSNS発信を継続するキャリアを描いていた佐野さんにとって、この事実はキャリアプランの根幹を揺るがすものだった。
内定辞退は選択肢になかった
それでも佐野さんは、内定を辞退する選択肢は取らなかった。三井住友銀行の内定は、選考対策に尽力してくれたリクルーターをはじめ、多くの人の力を借りて勝ち取ったものだったからだ。制限を受け入れながら、銀行員としてのキャリアを歩む覚悟を持っていたという。
しかし、入行後にはさらに厳しい現実が待っていた。特に苦しめられたのは、投稿頻度に関する制限だった。当時の三井住友銀行には、佐野さん以前に副業でSNS発信を行っている社員がおらず、前例がなかった。そのため、投稿頻度に関する明確な基準もなく、会社としては場当たり的な制限をかけざるを得なかった。
明確な基準のない制限に苦悩
「人事からは、明確に『月○回以上は投稿したらダメ』と言われていたわけではなく、『なるべく投稿は控えてください』という伝え方をされていました。私自身も銀行に勤める以上、大学時代の頻度でSNSを更新してはいけないことは理解していました。でも、明確な基準がないと投稿の計画も立てられないし、フォロワーさんも徐々に離れていってしまって、かなり苦しかったですね」と佐野さんは振り返る。
入行前に人事から釘を刺され、発信活動に制限がかかることは理解していた。しかし、その制限の程度の認識において、銀行と佐野さんの間には大きなズレがあった。
努力の結晶であるSNSをやめることは自己否定
佐野さんにとって、SNSは大学時代から築いてきた努力の結晶だった。それをやめることは自己否定そのものだと感じていたという。制限が続く中で、モデル活動と銀行員としてのキャリアの両立は次第に難しくなり、最終的に退職を決意した。
退職後、佐野さんは芸能界への道を本格的に歩み始めている。銀行員としての経験を経て、自分にとって本当に大切なものは何かを見つめ直した結果の決断だった。



