三池崇史監督、市川團十郎の素顔暴さず『襲名』で描く継承と平和
三池監督『襲名』で團十郎の継承と平和描く

三池崇史監督が初めてドキュメンタリーに挑んだ映画『襲名』は、十三代目市川團十郎白猿の襲名披露公演と、その舞台裏を3年以上にわたって記録した作品だ。2019年の襲名発表後、2020年に予定されていた公演はコロナ禍で延期され、約2年半を経て2022年に実現。作品は、その歴史的瞬間とともに、十二代目から十三代目、そして次の世代へと受け継がれる芸を映し出す。

映画と舞台で築いてきた関係

團十郎と三池監督が映画でタッグを組むのは、2011年の『一命』、2014年の『喰女-クイメ-』、2017年の『無限の住人』に続き、本作が4度目。三池監督は、2015年に始動した「六本木歌舞伎」でも第1弾から第3弾まで演出を手がけており、2人は映画と舞台の双方で関係を築いてきた。

團十郎は、長期間にわたってカメラを向け続けた三池監督を「楽屋にいても違和感のない方」と表現する。一方、三池監督は、すでにSNSや密着番組を通して私生活も発信してきた團十郎に対し、改めて“素顔を暴く”ような撮り方はしなかった。

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演出をそぎ落とした記録へのこだわり

三池監督は当初、「襲名披露興行だけを淡々と記録に残すのが、一番スマートなんじゃないか」と考えていたという。しかし、海老蔵が團十郎になる前の姿や市川家のことも記録すべきだと判断。コロナ禍による延期もあり、企画開始から完成まで4、5年を要した。

「歌舞伎については本当に素人で、團十郎さんと知り合って初めて触れたようなものです」と語る三池監督。高いところから知ったかぶりをして語ることはできないと考え、「こちらの意図を押し出さず、感動的にしすぎず、できるだけ演出を感じさせないようにしたかった」という。最終的にはナレーションもなくし、芸の一端を臨場感のある形で見てもらうことを目指した。

これまでの密着ドキュメンタリーとは異なるアプローチを考えた理由について、三池監督は「團十郎さん自身がSNSで発信していますし、密着番組『市川海老蔵に、ござりまする。』などを通して、プライベートな部分もすでに紹介されています」と説明。「何か別のアプローチはないかと考えた結果、出来上がったのが本作です」と語った。

團十郎が語る三池監督への信頼

團十郎にとって三池監督は、歌舞伎俳優以外で「楽屋にいても違和感のない方」としてできた二人のうちの一人だという。もう一人は写真家の篠山紀信さんだと明かし、「これほど存在感があるのに、いても平気なのです」と笑いながら語った。

「共通して感じるのは愛です。愛が深い」と話す團十郎。三池監督の作品には暴力的だったり激しかったりするものが比較的多いが、今回のドキュメンタリーでは「観客の感じ方を特定の方向へ導くような意図や演出を極力そぎ落としていることに、新鮮さを覚えました」と評価した。

三池監督は、撮影を通して感じた團十郎の印象を「むき出しなんですよね。表も裏もない」と表現。「普通のドキュメンタリーなら、バックヤードに入ってその人となりを探ろうとしますが、團十郎さんは、その人となりがすべて芝居の中に込められているんです」と語った。

親から子へ受け継がれる芸

映画には、團十郎から新之助さんへ芸が受け継がれていく姿も映っている。團十郎は幼い頃の自身と現在の新之助さんを比べ、「彼の方が、はるかに大人です。物事の分別をわきまえている」と話す。

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歌舞伎俳優としての新之助さんについては「まだ海のものとも山のものとも分かりません」としながら、團十郎を襲名した今は「私自身も演者として舞台に立ちながら、次の團十郎を育てなければならない。そのことについては、かなり計画的に考えています」と明かした。ただし、「その計画を本人に悟らせず、どのように進めていくかが大切」だという。

自身の父である十二代目も計画的に動いていたと振り返り、「私のような破天荒な人間を箱に入れるのではなく、『伸びるだけ伸びろ。あとは私が責任を取るから、好きにやれ』と」言われたと語った。「新之助は今のままでいいと思いますし、長女のぼたんにも才能があります。子どもたちの可能性をゼロにしないことが、親の務めだと思っています」と話した。

継承の先に見る平和

本作はベネチア国際映画祭で上映される。團十郎は「ヨーロッパという、伝統や芸術に深く共感し、共鳴してくれる文化圏で上映できることを、大変光栄に思っています」と受け止め、「継承や伝承の中で何が一番大切かといえば、平和ですよね。平和がなければ、伝承も継承もなくなってしまう」と語った。

「争いの多い現在の世界で、この映画に映る、十三代にわたって受け継がれてきた芸や精神を見てもらいたいです」と團十郎。日本でも第二次世界大戦で失われたものがあり、「何かを受け継いでいくこと自体が、平和の尊さを伝えるのだと思います」と述べた。

三池監督は「現在のドキュメンタリーには、ガザや中東、ウクライナなど、紛争を扱った作品が多くあります」と指摘。その上で『襲名』は「争いの時代を乗り越えてきた歴史をあえて強調するのではなく、芸が日々受け継がれていく姿を映している」とし、「平穏な日常が守られているからこそ、受け継がれてきたものを、さらに次の世代へつないでいける」と語った。

「第83回ベネチア国際映画祭」では現地時間9月4日にワールドプレミアとなる上映が予定されている。