向こう側が透けて見える優美な「透かしうちわ」は、創業330年余の京うちわの老舗「阿以波(あいば)」が考案したものだ。10代目は職人と経営者の二足のわらじを履きながら、伝統ののれんを守っている。
ゆがみのない面を作る「仮張り」の技
京都の市街地から少し外れた看板一つない工房で、阿以波の10代目、饗庭(あいば)長兵衛さん(65)は、手を動かしながら、はんなりとした京言葉で語った。「やっとることは単純やけど、その分奥が深いですよね」。
ここでは、饗庭さんらたった2人の職人が、透かしうちわを含む年間1万本弱の京うちわを、すべて手作業で制作している。
この日精を出していたのは、60~120本もの竹骨を紙の上に等間隔に並べる「仮張り」の作業。1ミリ単位の微妙な間隔は、道具を使わずともこの道40年の指先が覚えているという。ところが並べ終えて裏から和紙を貼ると、饗庭さんはせっかく貼った紙を剝いでしまった。その後改めて、うちわの表面となる手すき和紙を貼り付けた。
「仮張り」の工程は、ゆがみのない面を作るために欠かせない二度手間のように思えるが、仮張りは竹骨に薄く均一に糊を付けて表面のゆがみを防ぐために欠かせない工程。「焼いた干物イカみたいにゆがんだ面は見せたくない。まっすぐな、しゃんとしたうちわを作りたいんです」と職人魂をのぞかせた。
眺めるだけで涼やかな透かしうちわ
京うちわの特長は、面と柄を別々に制作するセパレート構造と、かつて宮廷用に作られた「御所うちわ」に連なる高い装飾性。なかでも、紙を全面に貼らず竹骨を通して向こう側が透けて見える「透かしうちわ」は、阿以波の先代が考案したという。
京都の市街地にある店舗は、築200年以上の京町家。店内には菊や萩、キキョウといった秋の花々を切り絵のように描いた風流な透かしうちわが並ぶ。その骨と骨の間からは店舗の奥に置かれた衝立(ついたて)が透けて見え、2枚重ねてもその形が分かるほど。眺めているだけでそよぐ涼風を感じるような、透明感ある軽やかなうちわ。
「そよそよとあおぐと、すーっと風がおこります。バサバサと力任せにあおぐもんじゃありませんから」と饗庭さんは苦笑した。とはいえ、顧客の大半は実用ではなく飾って楽しんでいるという。「透かしうちわは気持ちに訴えるもの。心が涼しくなり、ホッとするものなんです」。
品格を守り、令和の時代に進化
26歳で家業に戻った饗庭さんは、「量産するのではなく、京うちわとしての品格を保ちたい」と、工芸品としての芸術性を強く打ち出してきた。うちわがきれいにしなるよう、竹骨一本一本のきわに、手作業で筋を付ける。
「個展などを企画していただくこともありますが、職人であることから外れたくない。そこは自分のこだわりなので」と、良質な竹と糊と和紙を使って一本一本手作業で丁寧に作る原点を守り続けるつもりだ。
明るい兆しもある。蒸し暑い京都の夏が近年さらに暑くなっていることを受け、熱中症対策のため涼を取る日用品として、うちわの価値は見直されている。祭り、納涼といった従来の用途に加え、インテリアやファッションの分野にも少しずつ進出しているという。飛鳥・奈良時代から1000年以上の歴史を持つうちわが、令和の時代にさらに進化している。



