泉ピン子さん、倉本聰さん悼む「一生に一度、作品に出てみたかった」
泉ピン子さん、倉本聰さん悼む「作品に出てみたかった」

脚本家の倉本聰さんが亡くなったことを受け、俳優の泉ピン子さんは朝日新聞の電話取材で「一生に一度、倉本先生の作品に出てみたかった。偉大な作家ですよ」と悼んだ。

すし店での倉本さんとの出会い

泉さんには忘れられない思い出がある。1981年ごろ、東京・赤坂のすし店でのことだ。泉さんは、その年に放送されたNHK大河ドラマ「おんな太閤記」の出演者らと店を訪れていた。そこへ、同じ81年10月に放送が始まったフジテレビ系「北の国から」の出演者と倉本さんが入ってきた。

倉本さんがすし店のカウンターの中に入り、泉さんたちに「今日はみんなそろって何なんだ」と声をかけた。すると一緒にいた西田敏行さんが「うるせえよっ」。言葉の応酬になったという。

「けんかになっちゃったのよ」

「西田が『カウンターの中に座んな』みたいなことを言ったら、倉本さんも『君、無礼だな』って。けんかになっちゃったのよ」と泉さんは振り返る。

泉さんには、その場で倉本さんと険悪になりたくない理由があった。その少し前、脚本家らの対談記事で、倉本さんが今後起用したい俳優として泉さんの名前を挙げていたからだ。「前略おふくろ様」に憧れていたが、「北の国から」の依頼は断念したという。