ロックバンド・GLAYのTERUが、きょう25日に放送される日本テレビ系トーク番組『おしゃれクリップ』(毎週日曜22:00~)で、故郷・函館に自宅を建て、東京との二拠点生活を始めた理由を告白する。17歳で親の反対を振り切って上京した当時の苦労や、両親が涙を流した日のエピソードも明かされる。
両親と過ごす時間を増やすため、函館に自宅を建設
メジャーデビューから32年、第一線で活躍し続けるGLAY。番組では、結成当時から変わらないメンバー同士の絆や仲の良さについて語る。
プライベートでも4人が楽器を手に集まって演奏することがあるといい、「(もしも)GLAYを辞めても、この4人で何か違うことをやろう」というほど強い絆で結ばれているという。
そんなTERUは2018年、地元・函館にスタジオ兼自宅を建設し、東京との二拠点生活をスタートさせた。その背景にあったのは、「両親ともっと時間を共有したい」という思いだった。
現在は1年の約3分の1を函館で過ごしており、番組では本人が自ら撮影した映像とともに、その生活ぶりを公開する。
函館での暮らしが音楽性にも変化
函館での暮らしは、TERUの音楽性にも変化をもたらしているという。GLAYのギタリストで盟友のTAKUROは、函館でレコーディングされたTERUのボーカルに感じた、それまでにはなかった価値について語る。
母からのプレゼントを売却…上京後の“暗黒時代”
一方、TERUが17歳で函館を離れ、東京へ向かった当時、両親との間には複雑な思いがあった。
10代で仲間とともに音楽の夢を追いかけようと決意したTERU。しかし、両親に上京を打ち明けたのは、すでに函館を離れる決心を固めた後だった。
番組に登場する両親は、息子が東京へ行くと知った時の寂しさや、涙を流した日のことを振り返る。
また、TERU自身も、上京後に待ち受けていた駆け出し時代の苦労を告白。深夜にしか使えなかったスタジオや、生活に困窮するあまり母親からプレゼントされた品物を売ってしまったことなど、“暗黒時代”の壮絶なエピソードを明かす。
山里亮太が明かす「GLAYのTERU感はほぼない」素顔
番組には、TERUの函館の自宅にも通い、両親とも親交がある南海キャンディーズの山里亮太が登場する。
山里は、家族と過ごすTERUについて「GLAYのTERU感はほぼない」と証言。ステージ上の姿とは異なる、両親思いな息子としての素顔を明かす。
TERU自身も、年齢を重ねる中で両親との向き合い方が変わり、ようやく様々なことを相談できるようになってきたという。
そして番組の最後には、両親からTERUへ手紙が届けられる。50代を迎えた今だからこそ語れる家族への思いや、GLAYのメンバーと歩むこれからの人生について、TERUが胸の内を明かす。