陶芸家の十四代今泉今右衛門さんは、色鍋島の技術を伝える今泉家の絆の大切さを、当代として実感している。父である十三代今泉今右衛門さん(1926~2001年)は「人間関係をとても大事にする人だった」と振り返る。青色の顔料を霧吹きで吹き付ける「吹墨」など独自の表現を確立した先代を、情愛と尊敬の念を込めて語った。
父の言葉「人間性が一番」
父が亡くなる1か月ほど前、「焼き物を作る上で大切なことは何か」と尋ねると、即座に「人間性が一番」と返ってきたという。その言葉に結びつく記憶がある。三十数年前、家に妙な手紙が届いた。「うちの祖先が十一代のお世話をした。供養したいので花瓶を送ってほしい」という内容だった。真偽不明で詐欺を疑ったが、父は「本当にお世話になったかもしれないから」と求めに応じて何度か作品を送った。
手紙の相手との交流
手紙のやりとりは続き、いつしか発送地は刑務所になっていた。ある日、出所した差出人が父に会いに来た。60歳ぐらいの男性で、号泣しながら「今までいろんな悪いことをしてきた。でも、今右衛門さんのおかげで真人間になれるかもしれない」とお礼を述べた。父は「こちらが一生懸命であれば、人は人をだましきれないのではないか」と語っていた。その姿を通じ、誠実であろうとし続ける人間性は「信じたことを作品に表現するという作陶の姿勢に表れる」と確信した。
技術の継承と後継への思い
秘伝である絵の具の調合方法は兄の善雄さん(67)から受け継いだ。善雄さんは十四代に譲る決断をする前に父から伝えられていた。調合法は口伝で、日々の仕事の中で絵の具の分量などを教わった。現在、東京・南青山の今右衛門窯の直営店で責任者を務める善雄さんは、十三代に教わった調合法に改良を加えて伝えたという。「弟には職人たちとともに色鍋島の技術を後世につないでほしい」とエールを送る。
還暦を超え、そろそろ十五代をどうするかを考えないといけないが、父が自身に強制しなかったように、2人の娘と一人息子に襲名を無理強いする考えはない。「その時の最高の方策で技が継承されていければ」と自然体で構えている。



