元暴力団員で殺人を犯したマサミチは、大阪市西成区にあるメダデ教会の牧師・西田好子(70)と出会い、悔い改めの道を歩み始めた。罪にまみれた過去と、牧師の言葉による更生の日々を追う。
罪にまみれた過去
マサミチは中学生の頃から悪友とつるみ、シンナーやたばこに手を出した。「卒業証書は家に送るから学校に来ないでくれ」と校長に懇願され、以後、学校には行っていない。恐喝を繰り返し、覚醒剤に手を出した。
20歳を過ぎ、スカウトされて暴力団に入った。そこは自分の悪徳、悪行が肯定される「厳しくも楽しい世界」。危ないシノギで得た金を手に違法賭博に興じ、毎晩のように豪遊した。母親には早くに勘当され、妻には「いつまでこの世界にいるつもり?」と聞かれ、「俺は必ずヤクザのてっぺんまでいったるんや」と答えた。愛想を尽かした妻は幼子を連れて出て行った。
組では、大きな失敗もせず、うまく立ち回り、若い衆を束ねる立場になった。ほどなく敵対する組との抗争状態に入り、その組がこちらの襲撃を計画しているといううわさが耳に入ってきた。「ここは親父(組長)のために一肌脱ごう。やられる前に、やる。全ては、てっぺんに立つためや」と考えた。
ポケットに拳銃を2丁忍ばせ、相手の組施設に向かった。「景気づけ」に覚醒剤を打ち、寝込みを襲った。相手の男は丸腰だった。覚醒剤で興奮状態にあり、迷いは一切なし。38口径の自動式拳銃が、乾いた音を立てた。「まともに心臓に当たって、即死でした」。
抗争の警戒をしていた警察官に捕らえられ、もうろうとした頭のまま、「やってやった」と快哉を叫んだ。「悪いことをしたとは、全く思いませんでした」。
夢の中で許しを請うても…
敵対する組員を射殺し、刑務所に入ったマサミチだが、反省の色はみじんもなかった。自分がやらなくても、他の誰かがやっただろう。逆に自分が殺されていた可能性だってある。自分には運があり、相手にはなかった。それだけのことだ。
実際、組からは厚遇された。組員たちは頻繁に面会に訪れ、「しんどいですけど、頑張ってください」と、毎月数十万円を差し入れてきた。金はどんどんたまる。結局、後悔も贖罪の念も全く芽生えないまま、10年近い刑務所暮らしが終わった。
「でも、出所してしばらくして、極道の世界から足を洗うことを決めました」。更生の意欲が生まれたわけではない。老いを実感することが増え、組における自分の立場と年齢を見定めた決断だった。「このままいっても、てっぺんはとられへん。70、80(歳)になってヘコヘコ頭下げるんやったら、意味あらへんと思ったんです」。
組長は驚いたが、「けじめ」のための相当な札束を組のバッジとともに差し出して許しを得た。それでも金は十分残った。仕事もせず、酒を飲みながら毎日を無為に過ごした。
「異変」が生じたのは、その頃からだ。眠りにつくと、殺した男が苦悶に満ちた顔で夜な夜な出てくるようになったのだ。「すまん、悪かった」。夢の中で許しを請うても、男は叫び声をあげて迫ってくる。夜が怖くなり、酒を浴びるように飲んだ。酔うと男の叫び声が幻聴のように聞こえ始めた。
「死にたいと思うようになりました。でも、死ぬのは怖い」。気を紛らすため、日がな一日自転車をこいで街を回った。ある日、公園を通りかかった。何やら激しくどなり散らしている「けったいなおばちゃん」がいた。
四角公園での出会い
暴力団を抜け、自堕落な日々を送っていたマサミチは、偶然通った四角公園(大阪市西成区)で、メダデ教会の牧師西田好子(70)が野宿生活者らに行っていた伝道礼拝の場面に出くわした。
〈ここにおる者は皆、重い過去を背負ってきとる。でも座り込むな。立て。歩け。生きろ!〉
マサミチはなぜか涙が止まらなくなった。その人物が何者か、全く分からない。だが、その話す様子、内容に「とてつもない熱さ」を感じ、そのまま歩み寄ると、こう訴えていた。「姐さんに命預けさせてくれ」。2014年秋、こうして殺人の罪を犯した男がメダデ教会の信徒に加わった。
「悔い改めるんや」
さすがの西田も、人を殺した過去を持つ信徒は初めてだった。ためらいはなかったのだろうか。
〈罪が大きい分、大きな仕事が与えられたと思って、むしろ燃えたんや。それに私を女親分みたいに思ってほれ込んどったから、怖いとは思わんかった。でもほかの信徒は完全にビビってしもた〉
実際、この頃のマサミチは「命を預ける対象」が暴力団の組長から西田に代わっただけで、根っこの部分は、一向に変わらなかった。酒を飲み、聖書は開かず、賛美歌も覚えない。殺した男が夢に出てくることにも相変わらず苦しんでいた。ある時、酒に酔い、アパート4階の自室で「死にたい」と暴れまわるマサミチに、西田はいつになく厳しい言葉をぶつけた。
〈死ぬなら死ねや!〉
ひとつの賭けだった。マサミチが窓に足をかける。しかし身を乗り出そうとした瞬間、その場にへたり込んだ。西田はそこに、「生きたい」という心の叫びを聞いた。〈何のために生きとるんか、よう考えろ。悔い改めるんや〉
そこから西田はこの男のために、数万、数億の言葉を浴びせるようになる。
「あんたは、うちの子になったんや」
「悔い改めろ」――。メダデ教会の牧師西田好子はマサミチに、その言葉を浴びせ続けた。〈悔い改めて、今までの生き方を方向転換しろ。上っ面の言葉やなくて、行動で示すんや〉
マサミチの行動は、信徒になってもなかなか改まらなかった。周囲を舎弟扱いし、暴言を吐いた。あげく、見切りをつけたはずの組事務所に先輩風を吹かせようと顔を出し、追い返されたこともあった。
それでも西田は、自身の行動を通して根気強く諭し続けた。糖尿病が判明すると、病院を探して食事を制限させた。アルコール依存症の専門病院にもつないだ。「耳が聞こえにくい」と聞けば補聴器を作らせた。病院のほとんどに自ら付き添った。「姐、なんでそこまでしてくれるんや」。マサミチが尋ねると、西田は言った。
〈理屈やない。したいから、やってるだけや。あんたは、うちの子になったんや。しょうもない行動ばっかりすんな〉
母には勘当され、妻子には出て行かれ、組員の肩書がなくなると誰からも相手にされなくなった。西田だけが無条件に受け入れ、関わってくれる。その安心感だろうか。マサミチの自殺願望は消え、夢にうなされることが減った。何より、粗暴な行動が少なくなった。
ただし、教会では浮いた存在のまま。マサミチだけの問題ではない。周囲が、殺人という彼の過去におびえたからだ。怖がって教会を去る信徒もいたし、指導、束ね役の信徒も明らかに距離を置いた。
転機と再逮捕
そんな中、転機は訪れた。教会に来て3年半が経過した2018年春、マサミチが、組員時代に起こした窃盗事件で三重県警に逮捕された。信徒たちと同じアパートに住み始め、それまでの「住所不定」から、住民票と実際の住居が一致し、捜査の手が伸びたのだ。懲役は2年だった。
懲役2年の実刑判決を受けて名古屋刑務所に入ったマサミチは、メダデ教会に帰ってくるのか。牧師西田好子は不安だった。〈メダデは毎日、顔合わせとるから辛うじて成り立っとる。心が離れてまうのが怖くてたまらん〉
たまたま西田はこの頃、腰の手術を終えたばかり。逮捕後の接見には一度しか行けず、彼と十分な対話ができていなかった。
マサミチからの手紙は当初、仕送りの所望と体調悪化への不安を伝える内容が多かった。「2、3万あれば、本やシャツ、色々買えます」「体のしびれがひどく思うように動きません」……。対して、西田はどんな手紙を出したのか。〈それが、特別なことは何も書いとらへんのや〉
意外にも実務的で、世俗的な内容が大半を占めた。「帰ってきたら車いすを用意します。ヤマグチが押してくれるって」「部屋はすぐ住めるように掃除しとくからな」「戻ってきたら、出所祝いパーティーを開きます。ノンアルコールやけどな」……。
西田が手紙の効果をどこまで意識していたのかは不明だが、心身が弱り、信仰にすがるすべもまだ持たないマサミチに、西田の平易で具体的な文面は、出所後の暮らしを想起させる心の支えとなった。〈私、いつも言うてるねん。求めよ、さらば与えられん。夢を見ろ、ええ自分をイメージせえ、そしたら現実になるってな〉
西田が送った手紙は2年で100通に迫る。マサミチから届いた手紙は44通。後半、彼の文面に変化が出てきた。「兄弟たちと交わり、教会を盛り上げていきたい」「感謝の気持ちでいっぱいです」……。今年4月、最後に届いた手紙の一文にはこうあった。「あとわずかです。真っすぐ帰ります」。
果たしてマサミチは、真っすぐ帰ってきた。



