太平洋戦争末期、鹿児島県曽於市の旧海軍岩川航空基地に展開した「芙蓉部隊」を率いた美濃部正少佐(1997年に死去)と部隊を後世に伝える「ドキュメンタリードラマ『芙蓉部隊』」が完成し、8月に曽於市で初上映された。制作の中心を担った「岩川海軍芙蓉部隊のドキュメンタリードラマを作る会」の持田初穂会長(78)が、その狙いや少佐、部隊への思いを語った。
芙蓉部隊とは
芙蓉部隊は、フィリピンで戦っていた三つの飛行隊が帰還し、静岡県の基地で再編成された。富士山の別名「芙蓉峰」にちなんで名付けられた。沖縄戦の最中に旧海軍鹿屋航空基地(鹿児島県鹿屋市)に一部が転進したが、米軍の空襲を受け、岩川航空基地に移った。
美濃部少佐の異議とドラマ制作の動機
美濃部少佐は、死を前提とした特攻に異議を唱えたことで知られる。軍の幹部会議で特攻の命令を受けたが異議を唱え、飛行機や人員の無駄のない、戦果を挙げられる夜間攻撃を主張し、認められた。
持田会長は、監督を務めた松村克弥さんから制作の意向を聞き、協力の依頼があったと説明。赤紙一枚で簡単に軍隊に召集される中、時代に流されず、上官に主張し、命を大事にする美濃部少佐に感銘を受けたと語る。簡単に情報を信じて自分で考えない風潮がある今、命や人を大事にする、誰かのために頑張る、努力することを考えてもらいたかったという。
完成までの苦労と初上映の感想
制作に当たっては資金集めに苦労し、寄付を募ると同時にクラウドファンディングでも呼びかけた。大口を期待していた団体から調達できなくなり、途方に暮れた時もあったという。また、ドラマで故人の情報を出す許可が得られなかったり、試作品の変更を依頼したりした。事実に基づくドラマにしたくて、会員とともに松村監督に意見を言ったこともあった。
初上映を終え、持田会長は「命をかけて特攻に異を唱えた、部下思いの美濃部少佐を知ってもらえたのでは」と述べた。武道家で日本人らしい心を持つ俳優、榎木孝明さんをナビゲーターに起用したのが大成功だったとし、国を背負った人の思いをくみ取って伝えることができていたと振り返る。落語家の桂竹丸さんも印象に残ったと語った。



