元・新日本プロレス社長で、アントニオ猪木の元娘婿であるサイモン・ケリー猪木氏が、猪木の晩年にまつわる知られざるエピソードを明かした。サイモン氏は、猪木の国政復帰やIGF(イノキ・ゲノム・フェデレーション)の内紛を経て、2019年にIGFを退社。しかし、その後に猪木との再会を果たし、彼の苦しい闘病生活と最期を見届けたという。
IGF内紛と猪木との距離
サイモン氏によると、IGFの内紛は、旗揚げからのスタッフと、2017年に猪木と結婚した田鶴子夫人との関係悪化が原因だったという。「ズッコさん(田鶴子夫人)が猪木さんをがっちりガードして、古くから付き合いのあった人間たちを片っ端から切っていくような感じでした」と振り返る。その結果、猪木とサイモン氏の間には「壁ができていた」。2018年、猪木はIGFの株を売却。サイモン氏も2019年にIGFを退社した。その後、田鶴子夫人が2019年に死去し、猪木のマネージャーだった甘井元幸氏を中心とする体制でイベントが行われたが、「なかなかうまくいかなかった。猪木さんが安売りされていると感じた」とサイモン氏は語る。
衝撃の再会と劣悪な住環境
田鶴子夫人によって猪木との関係が絶たれていたサイモン氏だったが、2021年4月、IGF出身選手の鈴木秀樹氏がWWEと契約した際に再会を果たす。鈴木氏のWWEとの仲介をサイモン氏が担当したため、猪木の住居兼事務所を訪ねたのだ。「ショックでした。その事務所というのが『何、この団地みたいなところは』というレベルの場所で、『こんなところに猪木さんが住んでるの?』ってなりました」と当時の衝撃を語る。その後、2022年になって猪木から「こんなところで生活するのはもう耐えられない」とSOSが出た。田鶴子夫人によって関係を絶たれていた元IGFの首脳陣に猪木自ら連絡を取り、話し合いの末、猪木にふさわしいマンションと24時間体制の医療体制が整えられた。
環境改善後の最期
環境を整え直した矢先、猪木は亡くなった。サイモン氏は「みんなに見守られて亡くなった猪木」と表現し、最期は安らかだったと証言する。猪木は難病を抱えながらも『24時間テレビ』に出演するなど、闘病生活を送っていた。再会した際、サイモン氏は「以前より元気そうだな」という印象を抱いたという。猪木の晩年は、家族やかつてのスタッフに支えられ、カリスマとしての尊厳を保ちながら幕を閉じた。



