歌手のあべ静江さん(74)が2022年3月19日に脳梗塞を発症し、東京都内の東邦大学医療センター大橋病院に救急搬送された。治療とリハビリを経て、約2か月後の5月にはステージ復帰を果たした。
多発性脳梗塞と診断、記憶が断片的に
救急処置後の22日、MRI検査で「多発性脳梗塞」と診断された。左右のこめかみ付近と後頭部の動脈に血栓があり、記憶と情報処理をつかさどる部分が詰まり、記憶が断片的になっていた。この日から「言葉のリハビリ」が始まった。
当時は新型コロナ禍で面会は不可。搬送から5日後の24日夜、女性チーフマネジャーはあべさんから電話を受けた。「たわいもない話でしたが、あべは『大丈夫よ。病院の廊下の奥の隅っこで話しているの』と元気そうだった」と振り返る。自分の状況を認識している様子に安心し、電話は20分ほど続いたという。
「1週間で退院します」と宣言
あべさんは12日、東京・原宿のリハビリ専門病院に転院し、医師から半年間の入院を告げられた。しかし、「先生、私は1週間で退院します」と宣言した。記憶が鮮明ではないというあべさんだが「私は頑張るぞという決意の表れだった」と回想する。
翌日から記憶のトレーニングメニューとは別に、ウォーキングマシンなど院内の運動器具を活用。病室では、幾つも結び目を作ったひもをベッドに縛りつけ、順々に結び目を引っ張って上体を起こしたり、離しながら体を寝かしたりする運動も繰り返した。脚力、腕力、腹筋をバランスよく鍛えるためだった。
「歌手はヒールを履いてステージを歩き、歌うわけです。筋肉を衰えさせるわけにはいかなかった」とあべさん。
父から受け継いだプロ意識
あべさんの父親は、弦楽器全般を演奏するプロのミュージシャンだったが、病弱であべさんが幼少の頃から入退院を繰り返し、11度の手術を受けた。見舞うと父は常に浴衣の帯を使った同じ運動で体を鍛えていた。「プロ意識……。それは父が遺してくれた大きなプレゼントでした」と語る。
結局、わずか1か月後の5月10日、あべさんはリハビリ病院を退院した。
復活のステージで「みずいろの手紙」
翌11日、八王子FMのラジオ番組に出演。共演者で作曲家の太田美知彦さんや仲間が、うまくトークができるかどうか不安が残るあべさんを、「いいじゃないか。とりあえず番組においでよ」と軽い調子で誘ってくれた。「この言葉に救われ、気負わず楽しく収録ができた」と感謝する。
5日後の16日には、日本歌手協会60周年記念の「歌の祭典2022」への出演が決まっていた。トークと歌は別物とはいえ、ラジオ番組への出演は、脳梗塞から復帰後、初の大舞台に踏み出す激励の場にもなった。
復活のステージは「納得のいく歌唱ができなかったら、潔く引退する」と胸に秘めて臨んだ。覚悟の舞台を飾った楽曲は「もちろん『みずいろの手紙』です」。ステージから見た景色は今も鮮明に記憶にとどめている。
あべ静江さんのひと言メッセージ
「病気だからと思ってあきらめないでほしい。一歩でも前に出ていけば、一歩ずつでも改善されていくというのが私の実感です。無理かもしれないと思っていたことが、実はできちゃったということも多かった。どんどん前向きに接していってほしい」



