機械メーカー「村田機械」会長の村田純一さん(90)は、古典に親しむことを促す「古典の日」(11月1日)の推進委員会会長を2009年から務めている。2021年には古典文化の研究や普及に貢献した個人や団体を顕彰する基金を発足し、多額の私財を投じている。古典の継承を願う思いを聞いた。
古典との出会い
古典に関わるようになったきっかけについて、村田さんは「京都商工会議所会頭だった2007年に翌年の『源氏物語千年紀』に向けて記念事業を展開する委員会が発足し、会長を引き受けることになりました」と話す。子どもの頃、正月に百人一首でかるた遊びをした思い出はあるが、古典の勉強は苦手で「全くの門外漢」だったという。
立場上、源氏物語を3か月かけて読んだが、当時は面白さがわからなかった。魅力を知ったのは、比較文学研究者の芳賀徹先生(2020年死去)が講師を務めた「街かど古典カフェ」。松尾芭蕉の「おくのほそ道」の講座で、名句を風景描写とともに解説され、「まるで芭蕉と一緒に旅をしている気分でした」と振り返る。「古典は先祖が経験した楽しいことやうれしいこと、悲しいことや寂しいことを伝えてくれる。いいなあと思いました」と語る。
新たな基金の設立
2021年に「古典の日文化基金賞」を発足し、文学・思想、伝統芸能・音楽などの分野や、若者が対象の未来賞で表彰を始め、毎年1000万円以上を寄付。今年からは次世代を育成する「古典の日文化基金未来賞」に特化し、6000万円の基金を提供した。
未来賞では、東日本大震災で津波被害を受けた岩手県宮古市の中学生の獅子舞グループや、神楽や太鼓踊りに取り組む熊本県湯前町の中学校などが受賞。授賞式に出席した子どもたちの目は「生き生きとして、うれしそうでした」という。村田さんは「人口減少と東京一極集中が進み、地方都市はどんどん衰退しています。地方の古典や芸能の継承に励む子どもたちには誇りを持って活動を続け、広めてほしい。一過性ではなく、長期に支援するため新たに基金を作りました」と説明する。
京都の影響と古典への思い
本社を置く京都の町から受けた影響について、村田さんは「京都はユニークな会社が集まっていて、経営者も仲がいい」と語る。その一人が京セラ創業者の稲盛和夫さん(22年死去)で、「京都賞」を創設し、「ええかっこやな」と憧れたという。
京都は多くの観光客が訪れるが、人気の理由は神社仏閣だけでなく、料理や菓子など古くからの生活文化が日常に溶け込み、潤いが魅力となっているからだと指摘。「古典は難しいものではなく、意外と身近にあるもの。最近になってそう思うようになりました」と述べた。
「古典の日」は、紫式部が源氏物語について日記に記して1000年の2008年11月1日、京都市で開かれた「源氏物語千年紀記念式典」で宣言された。09年に推進委員会が発足し、12年に国の記念日になった。
「古典の日文化基金賞」(2021~25年)、「古典の日文化基金未来賞」(26年~)は、三笠宮家の彬子さまが名誉総裁を務める顕彰委員会などが主催。有識者でつくる選考委員会などが自薦や他薦の応募者から受賞者を選んでいる。
「基金賞」は源氏物語を現代語訳した作家の角田光代さんら計29の個人・団体を表彰。「未来賞」では今年7月、沖縄の伝統芸能「組踊」を基にしたミュージカルに取り組む「肝高の阿麻和利」(沖縄県うるま市)、「ひらかた肝高倶楽部」(大阪府枚方市)など計4の個人・団体を選出した。
「古典の日文化基金賞」を2025年に受賞した平安文学研究者の山本淳子さん(65)は、石川県の高校で古典を教えていた時、生徒の「紫式部はどんなご飯を食べていたんですか」「光源氏は天皇の后と密通した。そんなスキャンダラスな物語を宮中で書いてもよかったのですか」といった質問に答えられず、大学院に入り、紫式部の研究を始めた。
紫式部や作品だけでなく、紫式部が仕えた一条天皇の妻・彰子、もう一人の妻で清少納言が仕えた定子の生き方を知り、「なんて人間的な人たちなんだろう」と感動し、「沼のようにはまりました」という。1000年たっても変わらない心のあり方やつながりを見いだし、高校生に「糧にしてもらいたい」と一般向けの本を書くことにした。「そうした活動を評価していただけたことは、とてもうれしかったです」と話す。
「源氏物語」は世界最古の長編小説とされ、高尚な感じがするが、古くからあるエンターテインメント。その中にある心を伝えるには現代語訳でもマンガでも、アニメでもいいとし、自身も音楽配信サービスのスポティファイで解説の配信に取り組んでいる。AI(人工知能)が登場し、外国文学の障壁になっている言語も瞬時に翻訳されるようになった。「日本の古典もAIが世界中の人々に届けてくれるでしょう。AIが正しい情報を伝えるように、学問の成果を積極的に提供していくことも大切だと考えています」と語った。



