鹿島神宮御船祭、神輿守る住民ら代々継承 平井・小宮作が担ぐ
鹿島神宮御船祭、神輿守る住民ら代々継承

鹿島神宮(鹿嶋市)の式年大祭「御船祭」では、祭神・武甕槌大神を乗せた神輿に約2500人の行列が同行する。その中には、神輿の警護や担ぎ手など重要な役を代々受け継いできた地域住民がいる。

警護は「鹿島新当流」、宗家65代目が指揮

神輿を警護するのは、戦国時代の剣豪で生涯無敗の剣聖として知られる塚原卜伝を流祖とする剣術「鹿島新当流」。甲冑を着た騎馬隊が前方に構え、刀を帯びた右翼隊と左翼隊が両脇を守る。水上では御座船の前方の船で任務に就く。

宗家65代目の吉川常隆さん(75)は、御船祭には5回目の参加。会社員として大阪府で働いていた時も、毎年の例祭には帰郷し、役目を務めてきた。「神様を乗せた大船団は、他の祭りにはない華やかさがある」と語る。

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鎌倉時代に鹿島神宮が大風被害に見舞われた際、吉川さんの先祖らが武甕槌大神を守ったという逸話に始まる。以来、例祭で神輿を警護し、神輿を本殿から出し入れする役も果たす。鹿島新当流の源流は約1600年前。武神として名高い武甕槌大神を奉っていることなどから、鹿嶋の地では武術が発達し、鎌倉時代には7流派の剣術が存在したという。

戦後以降、門人は減少したが、少人数でも誇りを持って歴史を守り抜いてきた。「神をお守りしているという大役を任され、光栄に思う」と吉川さん。御船祭では厳粛な思いを胸に、約20人の門人と祭神の警護を担う。

担ぎ手は「平井」「小宮作」、減少に台車で対応

神輿を担ぐ氏子は鹿嶋市の東端で海岸沿いに位置する「平井」と「小宮作」の両地区。明治初頭の約150年前には神輿の役に就いていたという記述があるほど歴史が深い。往路は平井、復路は小宮作が務め、大榊や大幡など威儀物を運ぶ。

平井代表区長の栗山人士さん(67)が、父に連れられて御船祭に参加したのは7歳の時。数年後に亡くなった父との思い出の一つだ。鹿島神宮には、家族や仕事関係者の健康と安全を願い、何度も足を運び手を合わせてきた。御船祭は「旗を立てた大船団が並ぶ勇壮な祭り」と誇る。

一方、少子高齢化で平井の参加者は12年前の約160人から今年は100人弱となり、小宮作でも減少傾向が続く。数百キロもある神輿を安全に運び、参加者の負担を減らそうと、今回は車輪付きの台車を敷くことを決めた。栗山さんは「次世代につなぐ工夫をしながら、神輿を担ぐことに誇りと感謝を持って無事にやり遂げたい」と意気込む。

御座船を移送、運航ルートを確認

鹿島神宮は28日、御船祭の御座船を、竜頭や屋形などを設置する作業をしていた稲敷市の横利根川から水上渡御の出発地点である鹿嶋市の大船津の大鳥居に移送した。途中で潮来河岸を通り、約2時間かけて運航ルートや時間配分を最終確認した。

御座船の藤原保船長は「事故が起こらないよう危険な場所を確認できた。当日は優雅に運航したい」と話した。今後、御座船に「巴」の社紋や竹などの装飾をあしらい、31日には御座船清祓式が行われる。

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