古代から近世にかけて朝鮮半島や中国から伝わった「渡来仏」の展覧会が、30日まで福岡県太宰府市の九州国立博物館で開かれている。渡来仏の傑作とされる重要文化財の「如来坐像」(8世紀、長崎県対馬市・黒瀬観音堂)や、2012年に対馬の観音寺から盗まれ、25年に韓国から返還された「観音菩薩坐像」(1330年)などの仏像26体と、中国・元時代の「阿弥陀浄土図」などの仏画14件を展示している。
渡来仏の分布と背景
渡来仏は、九州では北西部の福岡、佐賀、長崎各県沿岸部を中心に、200体以上確認されている。分布の範囲は、対馬を拠点にして朝鮮との交易活動を行っていた海商や海賊行為を行った倭寇の根拠地と重なっており、仏像が交易品ではなく、かれらが航海の安全を祈るために日本に持ち込み、各地でまつっていたと考えられている。
重要文化財の如来坐像
重文の「如来坐像」は、朝鮮半島・新羅でつくられたもので、対馬では安産をつかさどる女神としてあつく信仰されてきた。中国・唐の仏像様式に基づいた端正な顔立ちに、大小の波を交互に配した立体的な衣文が美しい。ほかに、日本最古の渡来仏である対馬市伝来の「如来坐像」(453年、中国・北魏時代)もあり、30年ぶりに公開される。
菩薩坐像の“再会”
本展では、本尊仏の左右に脇侍として一対でまつられ、現在は日本で別々の寺に安置されている朝鮮半島・高麗時代の菩薩坐像2組が“再会”している。2組の菩薩坐像は、いずれも1体が福岡県糸島市にあり、もう1体は島根県出雲市と長崎県壱岐市にある。
糸島と島根に分かれていた菩薩坐像(14世紀)が並ぶのは数百年ぶりという。両方とも火を受けた跡があり、胸部の装飾や2体で左右対称になった両手の動きなどが共通している。糸島の像は頭部から背面が破損しており、白の下地を施した木で補った顔の補修は日本で行われたとみられる。
研究員のコメント
大澤信・主任研究員は「菩薩坐像2組のいずれも1体が糸島にあることは、糸島が日朝交易の重要拠点だったことを物語る」と指摘。「渡来仏は祈りをささげる対象として国境を超えて大切にされてきた。対外関係史においても日朝交易の範囲の広さを示す文化遺産だ」と話す。



