生活に行き詰まった母は、「みんなでお父さんのところに行こうか」と、高橋さんたち3人を道づれに無理心中を考えるまで追い詰められた。そのとき、玄関からカタカタと音がしたという。見ると、扉に1枚の紙が挟まれていた。
名もなき手紙が母を生かした
「あなたには3つの太陽があるじゃありませんか。今は雲に隠れていても、必ず光り輝くでしょう。どうかそれまで、死ぬことを考えないで、生き抜いてください」
差出人の名もない手紙だったが、3つの太陽とは、高橋さんたち子どものことを指しているだろうことがうかがえた。
「手紙を入れてくれたのはおそらく、近所の方だったと思います」
その手紙で高橋さんの母は我に返り、生きる気持ちを取り戻した。
「他人が書いてくれた小さな紙切れで、私はここまで生きているわけです」
高橋さんにとってお節介は単なる世話焼きでは終わらない、人が人を生かす行為そのものとして心に焼き付いた。
母の教え「天知る、地知る、我知る」
暮らしは苦しくても、母は子どもたちの教育を大切にしていたという。人に迷惑をかけないことに加え、高橋さんの心に残る教えをいくつも話してくれた。「天知る、地知る、我知る」という言葉もその一つだった。
「〝あなたのことは天が見ている。大地も、周りの人も見ている。そして、自分のことは自分が一番よく知っている。どんなに貧乏でも、心まで貧乏に染まってはいけないよ〟と小さい頃から教えられていました」
恐らくこれは高橋さんの母親が「後漢書」楊震伝にある「天知る、神知る、我知る、子知る」という言葉を子ども向けにわかりやすく話したのだろう。
親戚の家での辛い日々
その後、生活はさらに厳しくなり、高橋さんは親戚の家に預けられることに。ところが、待っていたのは、小間使いのような暮らしだった。居候の身となり、預け先の親戚の家で家中を掃除しなければならなかった。冷たい水で雑巾を絞るため、手はしもやけで腫れ上がったという。
玄関を入ってすぐ目に留まる「天知る 地知る 我知る」の額は、お節介な友人からの贈り物だという。



