『ワンオペレーション』冒頭の“穴”シーン映像公開、ローズ・バーン主演の話題作
『ワンオペレーション』冒頭“穴”シーン映像公開

第98回米アカデミー賞主演女優賞ノミネートなど映画祭・賞レースを席巻した話題作『ワンオペレーション』(2026年9月18日公開 配給:東京テアトル、シンカ)で、作品の冒頭となる“穴”のシーンを捉えた映像と場面写真が公開となった。

育児・家事・仕事を一人で背負う“ワンオペ”の悪夢

『ワンオペレーション』は、育児や家事、仕事を一人で背負う“ワンオペレーション”という現代社会の構造的問題を、スリラー、心理ドラマ、ダークコメディが融合した予測不能な物語として描く。主人公の日常とアイデンティティーが崩壊していく悪夢を、観る者に追体験させる本作の製作は、気鋭スタジオのA24。

監督・脚本を手がけたのは、本作が長編2作目となるメアリー・ブロンスタイン。心理学の修士号を持ち、国立病院で子供を対象としたプレイセラピーに携わった経験もある彼女が、重病の娘とモーテルで暮らした自身の実体験をもとに脚本を執筆。主人公の視点に徹底的に寄り添う没入型の演出と、生々しい現実感と不条理な展開が入り混じる独創的な映像表現で、鑑賞者を終わりの見えない“ワンオペ地獄”へと引き摺り込む。

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ローズ・バーンの演技が世界の批評家から絶賛

主人公リンダを演じるのは、ローズ・バーン。本作では、仕事、家事、育児――すべてを一人で抱え込み、少しずつ心の均衡を失っていく主人公リンダを演じ、その張り詰めた日常をリアルに体現している。極限まで追い詰められながらも、なお日常を維持しようともがく一人の女性を圧倒的な存在感で演じ切った。

その演技は世界中の映画メディアから絶賛され、Varietyは「今年を代表する名演のひとつ」、Colliderは「これまでで最高の演技」、RogerEbert.comは「見事で、一切ひるまない演技」、The Guardianは「圧巻の演技」と評するなど、各国の批評家から絶大な称賛を集めた。その高い評価は、第75回ベルリン国際映画祭銀熊賞(主演俳優賞)、第83回ゴールデン・グローブ賞最優秀女優賞(ミュージカル/コメディ部門)の受賞、第98回米アカデミー賞主演女優賞ノミネートへと結実し、ローズ・バーンのキャリアを代表する一作となった。

天井崩落シーンは実際に撮影、音響やユーモアにもこだわり

この度、主人公リンダ(ローズ・バーン)の暮らすアパートの天井が突如崩落し、巨大な“穴”が出現する本編冒頭の映像と新たな場面写真が公開となった。この天井の崩落は、デザインチームが実際の天井を崩落させて撮影されたもの。撮影できる機会はわずか2回しかなく、崩落を目の当たりにしたローズ・バーンの驚きは、その瞬間に生まれた本物の反応だという。

さらに本作では、伝統的な劇伴の代わりに、セラピー室のホワイトノイズや栄養管の警告音、ベビーモニター、天井の“穴”から響く音まで、さまざまな音がリンダの主観的な世界を形作る。『ROMA/ローマ』(2018)などの音響デザイナーであるルイ・ガルシアと『WEAPONS/ウェポンズ』(2025)のフィリペ・メセダーは、現実の音を再現するだけではなく、「リンダにはどう聞こえているのか」という視点から音を構築。病院のシーンでは少年院の環境音をベースにするなど、観客の無意識に働きかける音響を作り上げている。

極限状態を描く本作には、ブラックユーモアも重要な役割を果たしている。ブロンスタイン監督は、観客を暗く、不快で、怖い場所へ連れていく一方で、映画が“爆発”しないための「小さな逃し弁」としてユーモアを意図的に組み込んだと説明。緊張と笑いが隣り合う独特のリズムによって、リンダの感情の揺れをそのまま体験させる構成となっている。

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スタッフ陣には、『リコリス・ピザ』(2021)などのサラ・マーフィ(今回がA24作品初参加)、『マーティ・シュプリーム 世界をつかめ』(2025)のジョシュ・サフディ&ロナルド・ブロンスタイン、『ミッドサマー』(2019)のルシアン・ジョンストン、ドキュメンタリー作品の撮影監督として知られるクリストファー・メッシーナらが参加。撮影を担当したメッシーナは、主演のローズ・バーンの顔へ極端なまでにカメラを近づけ、観客がリンダのパーソナルスペースに入り込んだかのような息苦しさを生み出した。さらに35ミリフィルムならではの質感によって、整いすぎない、生々しい世界を構築。色彩や照明も、病院やモーテル、野原など、リンダが置かれる場所ごとに異なる感触を与えている。

住居のトラブルとして現れた“穴”は、やがてリンダの人生に広がる不在や喪失、そして現実と妄想の境界を象徴する存在へと姿を変えていく。監督が「体験する映画」と語るその世界は、観客をリンダの主観のただ中へと引き込み、スクリーンの向こう側ではなく、自分自身の感覚として物語を体感させていく。