日本映画界をリードする監督たちが、8ミリカメラで自主映画を撮っていた時代について語る書籍「僕たちはこうして映画監督になった 8ミリ映画時代を語る」(文芸春秋)が刊行された。著者は映画監督の小中和哉氏。「取り組み方は各監督で違うが、違って良い。みんな探りながら作っていると改めて思った」と話す。
8ミリフィルムから始まった監督たちの原点
小中監督は1963年生まれ。小学生の頃から8ミリカメラで自主映画を撮り始め、86年「星空のむこうの国」で商業映画デビュー。97年からウルトラマンシリーズを監督するなど、アニメやドキュメンタリー、ドラマと幅広く活躍する。
本書は小中監督と世代が近く関わりの深い監督や批評家ら、計14章で構成。彼らの原点ともいえる8ミリカメラでの自主映画創作時代を振り返り、現在の自分にどうつながったかの対話が収録されている。
そうそうたる顔ぶれが語る映画への憧れ
登場するのは、小中監督の母校・成蹊高校映画研究部で出会った漫画家・手塚治虫の長男でヴィジュアリストの手塚眞監督、高校時代から8ミリで撮り始めアニメ「エヴァンゲリオン」シリーズなどを手がける庵野秀明監督、立教大で教えを受けた仏文学者で映画批評家の蓮實重彦氏、同じ映画サークルに在籍していた黒沢清監督ら。知り合いとはいえ、そうそうたる顔ぶれにインタビューで迫り、率直な言葉を引き出している。
小中監督は8ミリ撮影について「フィルムで撮るのが、今のようにスマートフォンで撮るより技術的に難しかった時代、8ミリは比較的手軽な存在」と述べ、「映画は僕らにとって特別で、憧れだった。本書で黒沢さんも語ってくれたが、映画への憧れから、無謀なことをやって失敗し、やがて自分のスタイルを見つけていく、というのは、この監督たちに共通していると思う」と語る。
デジタル世代との違いと世界での日本映画の注目
どちらが良い悪いではないとした上で、小中監督は「デジタルで商業映画と変わらないものが撮れる現代の人たちは、過剰な映画愛や憧れによって失敗することはなく、最初からきれいな映画が撮れ、彼らが考える作品をつくれる」と、映画監督の世代観を述べた。
5月のカンヌ国際映画祭や9月に予定されているベネチア国際映画祭にも、日本の監督作品が次々と出品され、日本映画が世界で改めて注目されつつある。両映画祭で最高賞を競うコンペティション部門に出品されている是枝裕和監督は自主映画出身ではないが、特別対談が巻末に収録されている。
各インタビューは動画収録しながら行ったという。映像化が待たれるが、小中監督は「もう構成案はできている」と笑顔を見せた。



