学年ビリで偏差値35だった西岡さんは、母親の一言で目が覚め、2浪の末に東京大学へ合格。その後、ベストセラー作家となり、『ドラゴン桜2』の編集チームにも加わった。
母親の「敗北宣言」が人生を変えた
高校時代、三者面談を6時間行ったにもかかわらず、母親は何も言わなかった。不思議に思った西岡さんが「なんで何も言わないんだ」と尋ねると、母は「だって、怒られてたのはあんたでしょ」と返答。さらに「私は何も言わない。その結果あんたが中卒になったとしても、何も言わない。そう決めたから。だから何も言わないし、干渉しない」と続けたという。
この言葉について、西岡さんは「怒られることなんて今まで無限にあったんですけど、この時の母親の一言が一番怖かったですね。それと同時に、気付いた瞬間でもありました。ああ、そっか、これって俺の人生なんだもんな。俺、マジでここからは自分でちゃんとしなきゃダメなんだな、と」と振り返る。
音楽の先生の一言で東大を目指す
この出来事を境に、西岡さんは少しずつ勉強を始め、生徒会活動で内申点を稼いで高校に入学。その高校で出会った音楽の先生に「自分の殻を破るために、東大を目指せ」と言われ、その気になってしまう。
「東大合格者ゼロで、当時の偏差値も低くて、成績上位クラスにも入れていない奴に、よく『東大に行け』なんて言ったよな、と思うんですけど、逆にバカすぎて東大がどれくらい距離の遠い場所なのかもわかってなくて」と当時を振り返る。
1日15時間の勉強と2浪の末の合格
西岡さんは高校2年生から小学生の勉強をやり直し、1日15時間勉強。自分一人では成績が上がらなかったため、学校の先生や塾の先生、頭がいいと思った友達に片っ端から勉強法を聞いた。そして2浪の末、東京大学経済学部に合格した。
その経歴を買われ、東大を目指す漫画『ドラゴン桜2』の編集チームに参加。偏差値35から東大に受かった実体験を持つ西岡さんは、東大受験漫画の編集を担うこととなった。



