歴史社会学者で京都大教授の福間良明氏が、中立悠紀氏の著書『東京裁判と帝国陸海軍軍人 歴史問題の前夜』(みすず書房、5940円)を評した。
戦犯裁判批判の起源を探る
東京裁判やBC級戦犯裁判については、いまなお「勝者による一方的な裁き」との批判が根強い。本書は、こうした議論がどのように生まれ、変容してきたかを丹念に掘り起こし、戦争責任を否認し昭和の戦争を擁護する思想が生まれた過程を鋭く問う労作だと評する。
戦犯裁判対策は、旧陸海軍法務局の流れをくむ厚生省の復員官署法務調査部門(法調)が担った。法調は無罪獲得や減刑に力を入れたが、旧軍上層部への追及を回避するあまり、ときに「下」に責任を負わせることにつながった。この後ろめたさは、戦犯釈放や刑死者顕彰の動きへと接続した。
戦犯釈放と靖国神社合祀
結果的に、サンフランシスコ講和条約では戦犯への刑執行が義務付けられていたにもかかわらず、発効後ほどなく戦犯は釈放された。1978年にはA級戦犯が靖国神社に合祀され、歴史認識をめぐる東アジア諸国・地域との軋轢の発火点となった。
とはいえ、往時の議論に汲むべきものがなかったわけではない。法調旧軍人たちは日本の対外責任を矮小化しがちだったが、旧軍の残虐行為そのものを否認することはなかった。
歴史修正主義への展開
80年代以降、歴史認識問題が過熱し、東京裁判批判の議論は加害責任を否認し戦争遂行を肯定する歴史修正主義につながった。かつて日本軍の蛮行を認めていた元法調軍人も、その種の議論に与するようになった。
福間氏は、これらの議論を外在的に断罪せず、情念や背景を丁寧に読み解く著者の姿勢を印象深いと評価。戦犯裁判の手続き上の問題への批判は、旧日本軍のずさんな軍律裁判や裁判すら欠いた処刑行為を認め、責任を自覚する契機にもなると指摘する。逆に、旧軍の戦争責任の矮小化は、原爆投下責任や戦犯裁判の瑕疵の軽視にもつながるとし、「被害」と「加害」を二項対立で捉えるのではなく、両者を突き詰めながら接続させる柔軟さと豊かさを本書から汲み取りたいと結んでいる。



