『三笠宮 昭和天皇末弟の近現代史』(舟橋正真著、中公新書)は、大正天皇の四男で、昭和天皇の兄弟の中で最も長生きした三笠宮崇仁親王の生涯をたどる。大正から平成まで、まさに一世紀にわたり激動の時代を生き抜いた稀有な皇族の姿が描かれている。
孤独な少年期と軍人としての道
兄たちとは十歳以上離れていたため、宮中で孤独を味わうことが多かった崇仁親王は、17歳で陸軍士官学校予科へ進む。兄の天皇のために命を捧げるのが皇軍の務めと信じて疑わなかった彼は、やがて三笠宮家を創設し、百合子と結婚する。
戦争での衝撃と転換
日本がアジア太平洋戦争へ突入すると、彼は中国本土を視察するが、そこで「聖戦」とは名ばかりの現地での卑劣な残虐行為を目の当たりにする。これまでの価値観を180度転換させた弟宮は、陸軍に対する痛烈な批判を展開。元々血気にはやりやすい性格で、杉山陸相更迭の画策などにも関与していたとされる。
日中戦争の解決も早期の戦争終結も実現できなかった皇族軍人としての無力感と悔恨は、戦後に「皇族という身分に止まるかどうか」を苦悩する状況へとつながる。それは昭和天皇の退位論や戦争責任論に対する三笠宮自身の厳しい態度にも現れていく。
戦後の皇室改革への思い
戦後に天皇が国民の「象徴」とされると、これを機に皇室典範の抜本的な改革を弟宮は考えた。女帝の容認や譲位規定を盛り込むことに加え、戦後の皇室はより「民主化」を進めるべきだと歯に衣着せぬ言動を繰り返した三笠宮に、天皇は内心忸怩たる思いを側近たちに漏らす。
日本におけるオリエント史研究の振興に深く関わるとともに、兄を助けながら戦後の皇室を支えた三笠宮崇仁の姿は、国民全体が「皇族とはなにか」を再考する一助となってくれよう。



