元「電波少年」で知られるチューヤン(53)が、香港でデザイナーとして新たなキャリアを築いている。日本での芸能活動を経て、現在はクリエイティブ業界で活躍。流暢な日本語を話し、今も日本への愛情を持ち続ける理由を語った。
芸能界からデザイン業界へ転身
チューヤンは日本の芸能界で多忙な日々を送る中、デザインの仕事への思いを抱き続けていた。「学校でデザインを勉強したのに、そのスキルを使えていないなんてダメだなと、日本にいる頃からけっこう残念に思っていました」と振り返る。1999年には後楽園ゆうえんち(現・東京ドームシティアトラクションズ)のイベント「雷波少年系遊園地『後ろ楽しいガーデン』」でグッズやポスターのデザインを手がけたが、芸能活動に忙殺され、本当にやりたい仕事ができているとは感じられなかった。
香港に戻った翌年の2006年、父親が他界。同時に古巣のラジオ局からクリエイティブ・ディレクターのオファーが届いた。専門学校で学んだデザイン知識と、日本のメディア現場で培ったデザイン感覚が評価された。チューヤンはこの新たな挑戦を「父が与えてくれたチャンス」と考え、前を向いた。その後、2つの広告代理店を渡り歩き、デザインのプロとしてキャリアを積んだ。
母親の介護とコロナ禍、孤独からの救い
2020年、母親が体調を崩し、同居して介護する生活が始まった。コロナ禍に加え、香港国家安全維持法が施行され、自由が揺らぐ不安が街を襲った。親しい友人たちは次々とイギリスや台湾へ移住。人好きのチューヤンにとって、画面に向かって一人で働く日々は「未来が見えず、精神的に追い詰められる」ほど孤独だった。
どん底から救ったのは日本とのつながりだった。現状を変えたい一心でSNSを開始。『電波少年』時代の相棒で現在も友人の伊藤氏に「日本語でX(旧Twitter)をやってみようと思うんだけど、どう思う?」と相談し、伊藤氏から「いいじゃない。みんな喜ぶよ」と背中を押された。



