話術が中心の漫才師。ところが耳が聞こえず、話もしないろう者が、掛け合い漫才で笑いの渦を巻き起こす。異端の漫才コンビを主人公にした漫画『ローワライ』が話題だ。作者の雪野朝哉さん(27)が作品に込めるのは、障害に対する「無意識の偏見」への違和感。ろう者の平里(ひらり)と相方・嶋の大学生コンビがお笑いの頂点を目指す青春の日々を描く。
「障害者はかわいそう」に違和感
雪野さんが『ローワライ』を描くうえで大切にしていることは「想像力」だという。学生時代、聴覚障害などがある子供たちが通う児童デイサービスでのアルバイトを経験したり、ろう者の友人家族と交流したりする中で、「ある違和感」を抱いた。それは「障害者はかわいそう」と、世間が当事者に向けるまなざしだった。
「耳が聞こえなくても人としての本質は変わらない。一方的な同情は、かえって相手に失礼になることもある」と雪野さんは話す。障害のある人が、どのような暮らしを送っているのか。自身の経験から想像し、「正しい理解につながるように描きたい」。そんな思いを作品に込める。
主人公に重ねた、音のない世界
こうした姿勢は、主人公2人のキャラクター造形にも反映されている。作中で嶋は、ろう者である平里に遠慮なく言いたいことを言い、特別扱いすることはない。「障害があるかどうかではなく、一人の人間として相手を包み込むような人物を描きたかった」
視覚障害には点字ブロック、車いすの移動にはスロープ…と街のバリアフリー化は進んできた。しかし、ともに社会で暮らす人々の心のほうはどうか。「助ける」側と「助けられる」側とで分けてしまい、同じ立場で対等に接することができているだろうか。そんな垣根を取っ払う、「オールラウンダーなバリアフリー」を体現したキャラクターが、嶋だ。
一方、ろう者の平里のほうは、世間の偏見に対する鬱憤(うっぶん)や怒り、悲しみをため込んでいる姿を眉間のしわで表現した。自分の殻に閉じ籠もっていた平里の「壁」を、バリアフリー男・嶋が壊していく。
障害の伝え方にもこだわった。漫画にはもともと音がない。それを逆手に取り、主人公に重ね合わせて、「音のない世界」を生きる人を描いた。作中、コマに余白を持たせ、セリフや効果音、オノマトペ(擬音語)を書き入れない無音の演出がある。数ページにわたる静寂を通じ、読者は平里と同じ世界を追体験する。雪野さんは「主人公と読者がリンクした体験ができるように意図的に音やセリフを消した」と話した。
公務員から専業漫画家へ
独自の視点を大切にする雪野さんは、元公務員。漫画家としての歩みも異色だ。当時、一日13、14時間も働いた上に、自宅に仕事を持ち帰る日々を送っていた。過労で倒れたこともあり、「やりたいことをやって死にたい」と退職を決意、専業漫画家の道を選んだ。
これまで美術を専門的に学んだ経験はなく、漫画は独学。好きだった作品をノートに描き写し、コマ割りやセリフの流れ、背景の使い方を独自に分析した。漫才のテンポを学ぶため、若手漫才師の頂点を決める「M―1グランプリ」を敗者復活戦も含めて見返し、審査員のコメントまで研究したという。
この地道な積み重ねが実を結び、同作は第92回ちばてつや賞ヤング部門で優秀新人賞を受賞。講談社の「ヤンマガWeb」に読み切りとして掲載されると、SNSなどで話題を呼んだ。現在は「週刊ヤングマガジン」で連載している。
雪野さんは「『ローワライ』は、読む人によって受け取り方が変わる漫画だと思う」と語る。その上で、「この2人が世界のどこかにいて、笑ったり、けんかしたりしながら生きている。そんな日常を感じてもらえたら」と願っている。



