現代の左派運動は、内部からの崩壊に直面している。その原因は「アイデンティティ政治」の罠にある。ジャーナリストのアッシュ・サルカール氏は、近年注目を集める「リブド・エクスペリエンス(生きられた体験)」という概念が、連帯を阻む要因になっていると指摘する。
「生きられた体験」の神聖化
「生きられた体験」とは、世界に直接触れることで得られる個人的な知識を指す。それ自体は貴重な情報源だが、問題は被害者であることが社会的地位に変わった時だ。サルカール氏は「私たちはもはや絶対的な真実を語らず、『私の真実』のみを語る。主観的判断が被害者の『玉座』から発せられると、神聖な地位を得る」と警鐘を鳴らす。
誰かの「生きられた体験」に疑義を挟むことは、その人のアイデンティティを傷つけると見なされる。結果として、実体的な真実は軽視され、感情的・社会的に都合の良いものが優先される社会が生まれた。
DEIと大企業の利用
アイデンティティ政治が反資本主義的起源から遠ざかった例として、DEI(多様性、公平性、包摂性)が挙げられる。サルカール氏は「企業がDEIを熱心に採用していることが、その変質を物語る」と述べる。
例えば、著書『ホワイト・フラジリティ』が大ヒットしたロビン・ディアンジェロは、ユニリーバやアマゾンなどの大企業を顧客に持つ。コカ・コーラ社の社内イベントでは、参加者に「より白人的でなくあれ」と指示し、論争を巻き起こした。サルカール氏は「コカ・コーラのような大企業が反人種差別研修を行う事実は、それが富や権力を持つ人々の利益を脅かさないことを示している」と分析する。
CIAと多様性の消費
さらに、CIAも多様性を利用している。サルカール氏は「CIAや巨大企業が『多様性』を都合よく消費している」と指摘。これにより、左派の本来の目的である構造的不平等の是正が骨抜きにされている。
被害者ポジションの争奪戦
「生きられた体験」の神聖化は、被害者ポジションの争奪戦を生む。個人の経験が絶対視されるため、連帯より競争が優先される。サルカール氏は「危害から逃れる代わりに、被害者としての地位にしがみつく人々が増えた」と述べる。
結果として、左派は内部でキャンセル文化に陥り、社会的変革の力を失っている。サルカール氏は「私たちは感情的・社会的に最も都合の良い真実を選び、実体的な真実を窓から放り捨てた」と結論づける。



