アシックス、着用率ゼロから復活 売上高1兆円超へ「集中と選択」の軌跡
アシックス、着用率ゼロから復活 売上高1兆円超へ「集中と選択」

アシックスは2026年12月期の連結決算で、売上高1兆500億円、営業利益1950億円と過去最高を更新する見通しを示した。中間決算の段階で売上高は5344億円に達し、創業以来初となる「年商1兆円」を突破する勢いだ。しかし、この道のりは決して平坦ではなかった。2021年の東京マラソンでは、自社シューズの着用率が「まさかの0%」という事態に直面した。

「着用率ゼロ」からの復活劇

かつてアシックスは「技術や品質は高いが、デザインがNIKEやadidasに比べて劣る」「学校の体育着や部活動のイメージが強い」と評されることも少なくなかった。しかし現在の姿は全く異なる。ランニングシーンのみならず、若者やファッション感度の高い層が、アシックスのシューズを履いて街を闊歩している。

その背景には、野球道具や学校ウエアビジネスから撤退し、強みを生かせるカテゴリーにフォーカスする「集中と選択」や、開発・研究・マーケティングなど各部門の精鋭を結集し、最速シューズの開発に挑んだ会長直轄の「C-PROJECT」があった。代表取締役会長の廣田氏への単独インタビューから、日本発のグローバルブランドとして世界市場での勝ち筋に迫る。

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トップ選手が認める「軽さ」と「反発性」

手に取って軽く驚く129グラム(27.0センチ)。指先に載せるとまるで一枚の葉のように軽い。しかし力を入れて曲げようとしても、びくともしない。軽量に仕込まれたカーボンプレートが、走行時の安定性と効率的な推進をサポートしているという。

目の前に置かれたMETASPEEDシリーズの最新モデルを指さしながら、廣田氏は笑顔でこう語る。「飛び込んで、跳ぶんです。反発性がものすごい。トップ選手は着地するときに、かかとをつけません。つま先側のここだけで走る。だから、我々一般ランナーには簡単に履きこなせるシューズではありません」

「履けば勝てる」評価が世界を席巻

NIKEが投入した厚底シューズ「ヴェイパーフライ」を契機に、アシックスはかつての成功体験から新勢力のイノベーションを「一過性のブーム」と見る空気が支配的だった。しかし現場のランナーたちの判断は冷静だった。分厚いフォーム材とカーボンプレートがもたらすタイム向上に魅せられた選手たちは、続々とNIKEの厚底へと乗り換えていった。

その象徴は、2021年1月2~3日の「東京箱根間往復大学駅伝競走」(箱根駅伝)で現れた。全10区間、210人のエリートランナーが競い合う舞台において、かつて過半数以上のシェアを誇っていたアシックスのシューズを履いたランナーは「0人」だったのだ。

「着用率ゼロ」――。日本の陸上界を支えてきた老舗メーカーにとって、それは歴史的敗北だった。廣田氏が社長に就任した2018年には、北米事業の不振も重なって約200億円の最終赤字を計上。2020年にはコロナ禍が追い打ちをかけ、営業赤字に転落していた。

「C-PROJECT」が生んだ最速シューズ

箱根駅伝「着用率ゼロ」に先立つ2019年冬、すでに情報を察知していた廣田氏は、起死回生の一手を打っていた。それが「C-PROJECT」の発足だ。「C」とは、創業者の鬼塚喜八郎氏がかつて掲げた「頂上(Chojo)作戦」の頭文字から取った。文字通り、業界の頂点を狙うための電撃プロジェクトである。

従来のシューズ開発のプロセスは、デザインを起こし、開発部署が設計し、試作品を作り、選手に履いてもらってフィードバックを得るという、整然としたバトンリレー方式だった。しかし、廣田氏はそのルールを変えた。「そんな悠長なバトンリレーをやっている時間はない。デザインも、開発も、マーケティングも、知財(IP)の担当者も、全員この部屋に集まってほしい」

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廣田氏は本社内にある一室に、各部局から集めた気鋭の若手エースたちを集めた。部局の壁を取り払い、全員が膝を突き合わせて即断即決で仕様を決め、その場でプロトタイプを試作する高速な開発体制を構築。「世界で一番速く走れるシューズを、どこよりも早く作ってくれ」という厳命を下した。

このC-PROJECTから生み出されたメタスピードシリーズは、奇しくもコロナ禍で1年延期となった2021年の東京オリンピックにギリギリで滑り込んだ。男子・女子のトライアスロン競技において、メタスピードシリーズを履いた選手が男女ともに金メダルを獲得。「アシックスの靴を履けば勝てる」という評価は、世界のアスリートたちの間を駆け巡った。

「頂上を取れば、その下にも好影響」

「いったんプラスの方向に進みだすと、箱根駅伝での着用率も上向き、社員の自信にもつながりました」。箱根駅伝での着用率は翌年から急回復し、2026年大会では28.6%(全メーカー中2位)まで伸長。60人のランナーが履いたという。首位アディダス(35.7%)、2位アシックス(28.6%)、3位NIKE(16.2%)という「三つ巴」の激戦構造を形成し、廣田氏は「世界市場では、この三つ巴争いはしばらく続きます」と読んでいる。

「頂上を取れば、その下にも好影響を及ぼします。トップランナーが履いて勝つ姿を見せれば、一般のランナーも『やっぱりアシックスがいい』と選んでくれるようになるんです」

実際、2025年の神戸マラソンでは全ランナーの42%がアシックスを着用。東京マラソンでも34%のランナーが、アシックスのシューズを履いた。トップアスリートでの勝利が、一般市場での購買を生む好循環が復活した瞬間だった。