「今から私たち若者に、下積みを10年20年やれっていうことですか」――三機マテリアルのグループ会社でIT事業を手掛ける三機マテリアルITソリューションズ社長の榊田剛氏は、部下が包み隠さず「AIにまつわる業務上の課題」を聞く面談で、年次の高い社員からこう問いかけられたという。
生成AIが出したアウトプットをうのみにせず、自分で見極める力を持つ必要があると伝えたときに返ってきた言葉だった。登壇した三機マテリアルITソリューションズ社長の榊田剛氏(筆者撮影)
AIのない時代に時間をかけて経験を積み、判断力を培ってきたベテランと、最初からAIが手元にあり「下積み」の経験がない今の若者。両者のスタート地点は全く異なる。
榊田氏は、若者の切実な問いかけを受け止め「AI人材を育てる」こと自体を目的化してしまうのは危険だと指摘する。
AI時代の人材育成、若者の不安
榊田氏は三機ケミカル出身。1990年代に米シリコンバレー駐在を経験し、その後に情報システムの世界へ転じて26年目になるという。2026年4月から現職に就いた。
部下との面談では、他にもこんな悩みを若者から聞いたという。
生成AIを使い倒すことで同期より仕事が速いと自負する若手社員が、同じような作業を繰り返すたびに毎回生成AIに頼ってしまい、自分自身に何もスキルが身についていないのではないかと不安を口にしたという。
榊田氏は「車の運転でナビばかりに頼っていると道を覚えなくなる」と例える。
かといって、今の若者に10年20年かけて下積みさせるのは現実的ではない。
「生成AI時代の人の育て方は、今まで通りではダメだと思う。もっと早く、もっと広く、もっと深く業務を経験させる。AIをコピペして使うのではなく、人が補完し合うべき」
「AI人材の育成」自体を目的にしてしまいますと、IT導入そのものが目的化してしまうのと同じ過ちが起こりかねないとも指摘する。
事業会社にはさまざまな要素技術を持った人材が集まっている。その競争力の源泉がどの技術にあるのかを見極めた上で、生成AIを使うことが本来の目的にかなうと榊田氏は強調する。
効率化の先に「気付き」を生む、DX戦略の本質
生成AIの活用では、個人の業務効率化が先行しているが、それを組織の成果にどう結び付けるかが大切だと榊田氏は指摘する。
デジタル化や生成AIがもたらす効果は「効率化ではなく可視化」だと榊田氏は話す。そこから生まれる新たな発見を「気付きの種」と呼ぶ。
「デジタル化の推進と可視化された気付きの種に対する一人一人の想像性の発揮が、私はDX戦略の本質だと考えている」
例として、榊田氏は日本酒「獺祭」などで知られる酒造メーカー(現社名:獺祭)の取り組みを挙げる。デジタル化によって品質を安定させる一方、製造スタッフを増やし、ITで可視化した工程に対して人が対応する。デジタル化を人件費削減だけに結び付けず、人がより良いものを作るために使っている。
スーパーマーケットの事例も挙げる。AIによる自動発注で約9割の商品を自動化した一方、残る約2割は人の意思による発注としたところ、この2割が売り上げの2割、利益の3割を生み出すきっかけになったという。
日々の発注業務を効率化したことで、人が「何を売りたいか」を考える時間が生まれた。「デジタル化をすればするほど、人の力が必要になってくる」という担当者の言葉が、榊田氏には強く印象に残ったという。
「ポイントは人中心。どんなにテクノロジーがあったとしても、やはり人中心で考えないと効果はない。全てのテクノロジーは人を幸せにするものでなければ何の意味もない。ここは曲げてやるべきじゃないか」



