神戸電鉄、路線も経営も「山あり谷あり」の歴史 有馬温泉への足
神戸電鉄、路線も経営も「山あり谷あり」の歴史

神戸電鉄は有馬温泉への観光客だけでなく、沿線のニュータウン開発によって成長してきた。しかし、バブル経済崩壊後は輸送人員が減少し、経営環境は厳しさを増している。

ニュータウン開発で成長、90年代にピーク

有馬線・三田線の沿線である北神地域でニュータウン開発が進んだ60〜70年代に、神戸電鉄の経営は安定した。92年には輸送人員が年間約6693万人に達し、大手私鉄入りの声も上がったが、バブル崩壊でこれがピークとなった。

コスト削減と復配、値上げ

ワンマン運転化や駅の無人化などコスト削減を進め、24年3月期末に10円の配当を実施。20年ぶりの復配となった。25年1月には運賃改定を行い、消費増税やバリアフリー料金加算を除いて29年ぶりの値上げとなった。

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人口減少と新たなパートナー

沿線の人口減少は今後も進む見通しで、26年4月には神戸市が神戸電鉄株の約1.4%を阪急阪神ホールディングスから買い取り、新たな大株主となった。路線の4分の3が神戸市内を走る神戸電鉄は、地元自治体を経営パートナーに迎え、少子高齢化・人口減少という課題に取り組む。

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