名古屋城の金鯱、金濃度にばらつき…尾張藩が部分改鋳か
名古屋城の金鯱、金濃度にばらつき…尾張藩が部分改鋳か

名古屋城のシンボル「金鯱」について、尾張藩が財政難から金の一部を小判に流用するため、鱗をはいで純度を下げながら複数回改鋳を重ねたとする従来の説を覆す研究成果が発表された。名古屋城調査研究センターなどが、現存する先代の鱗を科学的に分析したところ、必要な箇所に限って改鋳していた可能性や、表面を輝かせる技法が使われていたことが分かった。

研究の概要と従来説の覆り

研究は2022年度から国立科学博物館、高エネルギー加速器研究機構(高エネ研)と共同で進められた。同センターが古文書を調べたほか、現存する先代の金銀合金製の鱗を科学的に分析した。

従来、金鯱は名古屋空襲で焼失し、戦後に復元された。焼失前の金鯱については、財政難だった尾張藩が金の一部を小判に流用するため、鱗をはいで、純度を下げながら複数回改鋳を重ねたとする説が唱えられてきた。しかし、今回の研究でこの説は覆された。

Pickt横長バナー — Telegram用の共同買い物リストアプリ

科学的分析が示す事実

江戸時代の修理記録では少なくとも4回の修理が確認された。国立科学博物館の蛍光X線分析では、金の濃度にばらつきがあった。金を取り出すため全てを一度に溶かして作り直していれば濃度は均一になるはずで、必要な分だけを改鋳したとする見方を裏付けた。

高エネ研の実験施設で素粒子の一種「ミューオン」を使った分析では、鱗の表面は金の濃度が高く、内部は低いことも判明。表面に薬品を塗って加熱し、表面の銀を取り除いて金濃度を高め、輝きを増す技法が使われたとみられる。

研究者のコメントと意義

同センターの酒井将史副所長補佐は「尾張藩が、修理する際、金が輝いて見えるよう、工夫を凝らしていたことが分かる」と話した。

今回の研究成果は、名古屋城の金鯱の歴史的価値を再評価するものであり、今後の保存や展示方法にも影響を与える可能性がある。

Pickt記事後バナー — 家族イラスト付きの共同買い物リストアプリ