87歳夫を介護する83歳妻「いまの方が…」訪問入浴の現場で意外な言葉
87歳夫を介護する83歳妻「いまの方が…」訪問入浴の現場

霧のような雨が降る5月、東京都調布市の住宅街に1台の白いバンが到着した。一軒家の玄関から、木下敦子さん(83)が顔を出し、「お世話さまです。いつもありがとうございます」と迎える。庭に止まったバンから降りた3人の男女が元気に挨拶を返す。

バンの荷台にはぎっしりと物品が積まれ、ホースやタオルなどが取り出され、敦子さんの夫・隆靖さん(87)が寝ている部屋へ運び込まれた。2人がかりでプラスチック製のピンク色の浴槽を設置し、バンにつないだホースから湯が注がれる。訪問入浴サービス大手「アースサポート」の入浴介護スタッフ、三平淳史さん(37)が慎重に温度を確認する。キャリア15年の三平さんは「冬場は体温に近い温度に上げ、夏場はのぼせやすいので注意している」と話す。この日の湯温は39度だった。

「木下さん、ご気分いかがですか」

スタッフが声をかけると、隆靖さんは横になったまま静かに2回うなずいた。「それでは、浴槽の方に移りますね。力加減はいかがですか」と聞かれ、「大丈夫」と応じる。3人ががっちりと体を支え、タイミングを合わせて隆靖さんを持ち上げ、ゆっくりと浴槽に下ろした。三平さんは「お客さんの体重によって加減が違う。タイミングを合わせるのが大事」と説明する。

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訪問入浴介護は、自宅の浴室で入浴が難しい人に組み立て式の専用浴槽を持ち込むサービスだ。厚生労働省令で、1回の訪問に看護師(准看護師)1人と介護職員2人の計3人で対応することが定められている。

妻がつぶやいた意外な言葉

入浴介護が始まってしばらくすると、敦子さんがスタッフにぽつりとつぶやいた。「いまの方が、前よりも楽になりました」。隆靖さんは約2年前に脳梗塞で倒れ、その後認知症も進行。かつては自宅で風呂に入れる際に、妻が一人で介助していたが、転倒の危険や体力の限界を感じ、週2回の訪問入浴を利用するようになった。敦子さんは「昔は自分で全部やろうと頑張っていたけど、今はプロに任せられる。気持ちが楽になった」と語る。

一方で、隆靖さんの状態は悪化し、言葉を発することも減った。それでも敦子さんは「夫が家にいることが何より。施設に入れるのは最後の選択」と在宅介護を続ける決意だ。

訪問入浴の需要と課題

アースサポートによると、訪問入浴の需要は高齢化に伴い増加傾向にあるが、人手不足や採算性の課題から事業所が減っている地域もある。三平さんは「利用者や家族の生活を支える大切なサービス。続けていくために、私たちも努力している」と話す。

入浴後、隆靖さんは清拭され、新しいパジャマに着替えさせられた。スタッフが片付けを始めると、敦子さんは「ありがとうございました。また来週お願いします」と深々と頭を下げた。雨はまだやまず、白いバンは次の利用者宅へと向かっていった。

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