高市早苗首相は15日、東京・日本武道館で行われた全国戦没者追悼式で式辞を述べた。昨年の石破茂前首相が13年ぶりに復活させた「反省」の文言は踏襲せず、「教訓」も5年ぶりに使わなかった。一方、「インド太平洋の輝く灯台」や「希望を持てる日本」になるとの思いを語り、過去への言及よりも、日本が今後果たすべき役割を強調した。
「インド太平洋の輝く灯台」という表現
今回の式辞で特徴的なのは「日本はインド太平洋の輝く灯台として、頼りにされる国になれる」と訴えた点だ。「インド太平洋の輝く灯台」は、安倍晋三政権が掲げた外交構想「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の「進化」に取り組むと語る高市首相が、国会での演説や記者会見で繰り返してきた言葉だ。
高市首相は「戦争の惨禍を二度と繰り返させない」と語った。歴代の首相は、戦争の惨禍を「繰り返さない」と表現してきたが、今回、戦後日本は世界平和に貢献するために力を尽くしてきたと前置きし「繰り返させない」に改めた。日本は再び戦争をしないと自ら誓うだけでなく、世界中で安全保障環境の厳しさが増す中、抑止力を高めて戦争そのものを起こさせないという姿勢をにじませた表現に読み取れる。
さらに「希望を持てる日本を、安全で安心して暮らせる社会を創り上げる」と言及。未来志向を意識した文言を並べた。
「反省」の文言の変遷
全国戦没者追悼式での式辞は、歴代首相の歴史認識を反映してきた。平成5年、細川護熙首相が「アジア近隣諸国をはじめ全世界すべての戦争犠牲者とその遺族」に哀悼の意を表明。翌6年、村山富市首相は、「アジアをはじめとする世界の多くの人々に筆舌に尽くしがたい悲惨な犠牲をもたらした」として「深い反省」を表明した。
「反省」の文言は、村山氏以降の首相も引き継ぎ、第1次政権の安倍晋三首相も含め、24年の野田佳彦首相まで19年連続で使用した。しかし、第2次安倍政権発足後初の追悼式となった25年、安倍氏はアジア諸国への加害責任や「反省」に触れなかった。後継の菅義偉、岸田文雄両首相も踏襲した。
ところが、石破氏は戦後80年の節目だった昨年の追悼式で、野田氏以来13年ぶりに「反省」を復活させた。アジア諸国への加害責任には言及しなかったものの、「あの戦争の反省と教訓を、今改めて深く胸に刻まねばならない」と述べた。
高市首相の歴史認識
高市首相は今回、「反省」に言及しない式辞に戻した。昨年の首相就任後、歴代内閣の歴史認識について「全体として引き継ぐ」と述べているが、村山氏の式辞の翌年(平成7年)には衆院外務委員会で「私自身は当事者とはいえない世代であり、反省を求められるいわれもない」と懐疑的な見方を示していた。安倍氏が複数回用い、令和4年の岸田政権以降は使い続けてきた「教訓」も、高市首相は5年ぶりに見送った。



