サウジアラビアが2034年FIFAワールドカップの開催権を実質的に独占した背景には、FIFA会長ジャンニ・インファンティーノとの特別な関係や、ルールを巧みに変更した経緯がある。同国はクリスティアーノ・ロナウドをはじめとするスーパースターを獲得し、オイルマネーで国際的な存在感を高めてきた。本稿では、その舞台裏を詳しく解説する。
W杯開催ルールとサウジの野望
本来、FIFAの規定では「ワールドカップを1度開催した大陸は、同じ大陸で12年間開催できない」と定められている。このため、2030年大会の招致に立候補できるのはヨーロッパ、アフリカ、南米、オセアニアの国々に限られるはずだった。しかし、サウジアラビアは「サウジビジョン2030」という国家プロジェクトの名の通り、2030年大会に強いこだわりを見せていた。
そこでサウジは、ヨーロッパ・アフリカ・アジアの3大陸共催という異例の提案で、このルールを無効化しようと試みた。しかし、2023年にスペイン・ポルトガル・モロッコが3大陸共催案を発表すると、状況は一変。サウジの構想(エジプト・ギリシャ・サウジ共催)と類似していたため、FIFA会長の庇護があっても勝ち目は薄いと判断された。
素早い軌道修正とFIFA評議会の驚きの決定
サウジアラビアはすぐに戦略を転換し、2030年大会への立候補を取りやめ、2034年大会の単独招致に切り替えることを決定した。この時点では、2034年大会には複数の大陸が立候補できる可能性があった。具体的には、2030年大会がスペイン・ポルトガル・モロッコに決まれば、南米、アジア、オセアニアが立候補可能。一方、ウルグアイ・アルゼンチン・パラグアイ・チリの南米連合が開催権を得れば、ヨーロッパ、アフリカ、アジア、オセアニアが立候補できる見通しだった。
前評判ではスペイン・ポルトガル・モロッコ案が圧倒的に有利とされ、サウジと南米勢の対決が濃厚と見られていた。しかし、2023年10月、FIFA評議会は驚くべき決定を下す。それは、2030年大会の最初の3試合をウルグアイ、アルゼンチン、パラグアイで行い、残りの試合をスペイン・ポルトガル・モロッコで開催するという「3大陸開催」計画だった。この決定により、2034年大会に立候補できるのはアジアとオセアニアのみとなり、サウジアラビアのライバルは実質的にオーストラリアなどに限定された。
FIFA会長との特別な関係と前倒し招致
FIFAはさらに異例の措置を取った。2023年10月、2034年大会の招致プロセスを前倒しし、立候補締切を同年10月末に設定した。この短期間では、オーストラリアなど他の立候補国が準備を整えるのは困難だった。結果的に、サウジアラビア以外に正式な立候補はなく、同国が唯一の招致国として承認された。
この一連の動きの背景には、FIFA会長インファンティーノとサウジアラビアの緊密な関係があるとされる。サウジはFIFAに多額のスポンサー料を支払い、インファンティーノはサウジのビジョンに好意的な姿勢を示してきた。また、同国はクリスティアーノ・ロナウドやネイマールなど世界的スターをサウジ・プロフェッショナルリーグに迎え入れ、国際的な注目を集めてきた。これらの要素が、2034年W杯招致の成功につながったと言える。
サウジアラビアのオイルマネーは、FIFAの決定をも動かすほどの影響力を持つに至った。同国は2034年大会を通じて、国家ブランドの向上と経済多角化を目指している。しかし、この招致プロセスは透明性や公平性の観点から批判も多く、今後のFIFAのガバナンスに疑問を投げかけている。



