会話の一言で距離を縮める言語学テクニックと注意点
会話の一言で距離を縮める言語学テクニック

法政大学文学部教授の尾谷昌則氏は、著書『その言葉の本当の思惑を見抜く 言語学』(サンマーク出版)において、日常会話における言葉の選び方が人間関係に与える影響を分析している。同氏によれば、人は誰しも「他者に認められたい・よく思われたい・近づきたい」というポジティブ・フェイス(積極的な欲求)と、「自分の自由や権利を侵害されたくない」というネガティブ・フェイス(消極的な欲求)を持っている。この両方を満たすコミュニケーションが、円滑な人間関係の鍵となる。

会話に潜むポジティブ・ポライトネス行動

尾谷氏は、次のような会話を例示する。
A:「田中さん、おはようございます。」
B:「うん、おはよう。あれ、そのイヤリング、新しく買ったやつ? ピンクだけど派手すぎないし、華やかな感じで似合ってるね。」

この何気ないやりとりには、相手のポジティブ・フェイスを満たす複数の要素が含まれている。BがAの服装や持ち物を褒める行動は、相手の「他者に認められたい」という欲求を満たす典型的な方略であり、言語学では「ポジティブ・ポライトネス・ストラテジー(PPS)」の一つに分類される。具体的には、PPS-15「(物・共感・理解・協力を)相手に贈与する」に相当する。褒め言葉は一種の「言葉のプレゼント」であり、賞金や賞品、手伝いなども同様に、相手を認める証として機能する。

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「気づき」と「挨拶」が持つ力

さらに重要なのは、Bが普段との違いに気づいた点だ。尾谷氏は「普段との違いに気づくことは、それだけ普段からAに対して注意を払っている証拠であり、相手のポジティブ・フェイスを満たす行動になる」と説明する。これはPPS-1「相手に気づき、注意を向ける」に該当する。

実は、Aの発話である「おはよう」や「田中さん」という呼びかけ自体も、PPS-1の一種だ。見知らぬ人には挨拶をしないのが通常だが、挨拶を交わすことで「あなたに気づいている、気にかけている」というメッセージを伝えられる。尾谷氏は「挨拶は、相手を無視するつもりがないことを示す、最も基本的なポジティブ・ポライトネス行動」と指摘する。

名前呼びに秘められた思惑と注意点

名前を呼ぶ行為も、相手への注意と承認を示す重要な手段だ。しかし、尾谷氏は「相手に近づきすぎる一言には要注意」と警告する。特に、中高年の上司が若手部下に対して「ちゃん付け」や過度に親しげな呼称を使うと、かえって距離を感じさせる可能性がある。相手のネガティブ・フェイス(自由や権利の侵害を嫌う欲求)を刺激しないよう、適切な距離感を保つことが重要だ。

仲を深めるためのルール

尾谷氏は、相手との仲を深めたい場合のルールとして、以下のポイントを挙げている。

  • 日常の小さな変化に気づき、それを言葉にする。
  • 褒め言葉は具体的に、かつ自然に伝える。
  • 挨拶は必ず行い、相手の存在を認める。
  • 名前を呼ぶ際は、相手の立場や関係性に応じた適切な呼称を選ぶ。

これらの行動は、相手のポジティブ・フェイスを満たしつつ、ネガティブ・フェイスを侵害しないバランスが求められる。尾谷氏は「言葉の裏にある思惑を理解し、適切に使うことで、人間関係は劇的に改善する」と結論づけている。

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