年収1400万円の不動産キャピタリスト、28歳エース社員が語る仕事術
年収1400万円の不動産キャピタリスト、28歳エース社員の仕事術

2027年4月入社者を対象に「新卒初年度年収1400万円」を発表し、注目を集める不動産キャピタリスト。物流施設やホテルなどの不動産開発を手掛ける同社で、名古屋・錦の遊休ホテルを「BASE LAYER HOTEL NAGOYA NISHIKI」として生まれ変わらせ、客室平均単価を5964円から1万2438円へと引き上げた28歳の細見優花さん(Hospitality and Culture Division/Rethink & Opportunity シニアバイスプレジデント)に、その仕事術を聞いた。

「知らないから面白い」−新卒1期生として入社

細見さんは、自ら見つけた名古屋の遊休ホテルをリノベーションし、新たなホテルとして立ち上げることで成果を出した。遊休ホテルのリノベーションとリブランディングは同社でも初めての試みだったが、見事に成功。現在では「BASE LAYER HOTEL」ブランドとして名古屋にもホテルを開業したほか、全国各地に複数の開業を予定するなど、事業を拡大している。

入社6年目の現在は、複合リゾートの再生にも携わるなど、活動の幅を広げている細見さん。しかし、入社して数年は思うように成果を出せない時期もあったという。先に成果を上げる同期を見て「比べられもしないほど差がある」と感じていたと話す。

「野球場の売り子」の経験が武器に

学生時代、細見さんは大学の商学部で会計などを学んだ。就職活動では「多くの人と関われる仕事かどうか」を重視し、不動産会社のほかメーカーやIT企業などを検討していたという。

「希望の職種は営業一本でしたが、業界にはこだわっていませんでした」と振り返る。営業を希望していた理由を尋ねると、細見さんは大学時代を振り返り、野球場球場で売り子のアルバイトをしていた経験が関係しているのかもしれないと話す。

「野球場球場には、何度も来場するファンのような方も存在します。売り子の仕事は一度商品を売って終わるだけではなく、同じお客さんとの関係が続いていく仕事でもありました。人の顔を覚えるのが得意だったので、顔なじみの方が少しずつ増えていくことを面白いと感じていました」

人との関係を少しずつ築いていく売り子の仕事は、営業職を志す理由の一つとなった。

知人からの紹介で不動産キャピタリストを知った細見さんだが、不動産開発の仕事がどのようなものなのか、当初は詳細までは理解できていなかったという。それまで接点のなかった領域に足を踏み入れることに不安はなかったのか。

「分からなかったからこそ、面白そうだと思いました。知らないことが多いところに飛び込めば、その分、たくさんのことを学べると考えました」

入社の決め手は選考で接した社員の姿勢だった。「『学生』とひとくくりにせず、一人の人間として見てくれている」と感じたと話す。こうして細見さんは、同社の新卒1期生として不動産キャピタリストに入社した。

「私、何もできないな」−壁を乗り越え、たどり着いた1軒目

入社してから3年ほどは、ホテル事業の運営事務を担当した。それと並行して取り組んでいたのがホテルの物件探しだ。同社には、誰にでも物件を探して担当になるチャンスが与えられる文化がある。アシスタントやバックオフィスなどの職種や年次、役職は問わない。細見さんも自身で見つけた物件を担当することを目指していた。

しかし、物件の取得は容易ではなかった。やっと取得交渉の物件を見つけたと思ったら、最終的には他社に取得され、同社で手掛けるには至らなかった経験もある。

「新卒の頃は、優秀な先輩たちや早速成果を出す同期を見て『私、何もできないな』と思っていました。入社してから数年は、営業で入社したのに営業らしい成果を出せていませんでした。でも、優秀な人たちと比べてもしょうがないなと。それよりも今の自分にやれることを自分のペースで地道にやり続けようと思っていました」

物件探しの手掛かりとなるのは、売り主と買い手をつなぐ不動産仲介会社からの売却情報だ。細見さんは、知人に仲介会社を紹介してもらうほか、自ら電話をかけたり直接訪ねたりして情報を集めた。仲介会社だけでなく、不動産業界で働くさまざまな人に会い、情報に触れる機会を増やしていった。

そんな中で出会ったのが、名古屋市内で売りに出されていた遊休ホテルだった。このホテルが、初めて担当する物件となった。

入社してから数年間は思うように成果を出せなかった細見さん。しかし、諦めずに情報を集め続けたことで、初めての物件を手掛ける機会をつかんだ。現在は、その経験を生かして複合リゾートの再生にも携わっている。