国鉄気動車急行が走った複雑ルートの記憶 ローカル線の花形
国鉄気動車急行が走った複雑ルートの記憶

国鉄時代、非電化のローカル線で活躍した気動車急行列車は、その自由度の高さから複雑なルートや多層建て運転を実現し、地域輸送の花形として親しまれた。鉄道写真家の南正時氏が、当時のユニークな列車運行の記憶を語る。

多層建て列車の妙技

九州には特にユニークな多層建て列車が存在した。急行「出島」は長崎から博多・小倉間を結び、途中の諫早駅では島原鉄道からの直通車両を連結。さらに肥前山口(現・江北)では、長崎から併結してきた熊本行きの急行「ちくご」を分割する一方、佐世保発の急行「弓張」を併結して小倉へ向かうという、複雑な運用を行っていた。島原鉄道の気動車キハ55形が国鉄線に直通していた点が特徴的だった。

大都市からローカル線へ直通

大都市圏から非電化のローカル線へ直通する列車も多かった。例えば常磐線・水郡線を走った急行「奥久慈」は、上野から水郡線に直通する列車で、上野―水戸間は急行「ときわ」と併結して走った。「ときわ」は電車急行として知られるが、「奥久慈」を併結する列車は気動車での運転だった。架線の下を走る長大編成の気動車急行は勇壮だった。

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複雑怪奇なルート「大社」

今では考えられないようなユニークな経路を走る列車も、自由度の高い気動車ならではだった。南氏がその代表格と考えるのは、急行「大社」だ。この列車は名古屋・金沢と出雲大社の最寄り駅であった大社線の大社(1990年廃止)を結んだ急行で、そのルートは複雑怪奇だった。

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