「紺碧のアビタシオン」第9回。その日からほどなくして、新しい母ナオが美貴子の家にやってきた。
新しい母との出会い
お母様とはまるで違う人。初めて見たときからそう思った。暗い色の着物に身を包み、ひっつめ髪で、化粧はしていないようだった。目が悪いのか、美貴子を見るときに眉間に皺を寄せて、目を細める。その顔が怖い、と思った。
お母様のように美しくない。お母様のようにいい香りがしない。この人は私のお母様ではない。
「ご挨拶をなさい」
父に促されて、美貴子は新しい母に頭を下げ、言った。
「美貴子です。どうぞよろしくお願いいたします」
新しい母は満足そうに笑みを浮かべた。内地で女学校の礼儀作法の先生をしていた、と聞いた。その人は確かに母、というより、学校の先生のようだった。そして、その日から、美貴子が家でぼんやりしている時間はなくなった。
勉強への導き
「そんな時間があるのなら勉強をしなさい」
新しい母は美貴子の顔を見るたび言った。そう言われれば机に向かわざるをえなかった。
美貴子が勉強につまずけば、美貴子がわかるまで根気よく教えてくれる。そんな美貴子を馬鹿にする、ということもなかったし、何か質問をして答えられない、ということもなかった。賢い、という言葉はこの母のためにあるのだろう、と美貴子は思った。
消えた絵
机の上には、亡くなったお母様の絵を入れた額がまだあったが、父とお母様の部屋にあった簞笥のなかの着物も、化粧台の上の香水瓶も、いつの間にか姿を消していた。確かに気落ちはしたが、仕方のないことかもしれなかった。私のそばにはお母様の絵があればいい、美貴子はそう考えた。
だが、夏休みが終わり、学校が始まり、美貴子が一日の授業を終えて帰ると、その絵がなかった。美貴子は階段を駆け下りた。母は一階で使用人たちと共に洗濯物を畳んでいた。
「あ、あの……」
「なんです、美貴子さん」
こちらを見る鋭い視線に身がすくんだ。
「絵が、あの、絵が……」
「絵がなんです、最後まではっきりおっしゃい」
「私のお母様の絵がありません」
新しい母を前に、「お母様」という言葉を口にして喉が震えた。
「絵は私が持っています。でも、もういい頃でしょう。いつまでも」



