小説「紺碧のアビタシオン」第13回 大連の新居で正座に挑む美貴子
小説「紺碧のアビタシオン」第13回 大連の新居で正座に挑む

昭和二年、美貴子が十二歳になった年、家族は官舎を出て、大連の南の高台に広がる光風台という町に新しい家を建て、引っ越した。光風台は緑豊かな住宅地で、日本人が多く住む場所だった。

新しい家と初めての和室

新しい家は台所、浴室、トイレ、使用人たちの部屋をのぞき、一、二階あわせて五つもの部屋がある広い家だった。まわりの家も同じような大きさの家が多く、当時、西欧に建てられていた建築に劣ることのない美しさと強さを誇っていた。美貴子と富美子にもそれぞれ一室ずつ部屋が与えられ、南向きの窓に向けて置かれたマホガニーのライティングデスクが美貴子の勉強机になった。

家族は前の官舎と同様、椅子式の生活を送っていたが、父はこの新しい家の一室を和室にしつらえ、床の間を作り、畳を敷いた。新しいい草の香りを、美貴子は生まれて初めて嗅いだ。

正座の練習

そこに座る母を見て、美貴子も見よう見まねで正座をしてみた。生まれてから椅子の生活しかしたことがないから、初めてやってみたことだった。すぐに足がじんじんと痺れてくる。足を前に投げ出して、「もう無理です」と部屋を飛び出そうとした。

「なんです。日本人なのに正座のひとつも出来ないとは!」

すぐに母の厳しい声が飛んできた。「毎日練習なさい」

その日から美貴子と、幼い富美子も和室で長い間、正座の練習をさせられた。足にとっても椅子のほうが健康にいいのでは、と思ったが、母の叱責が怖くて黙っていた。