毎年夏になると、ラーメンチェーン各社は冷やしメニューを投入する。今年の夏、ひときわ大きな話題を集めているのが「天下一品」の限定メニュー「すだち香るあっさり冷やし麺」(970円~)だ。
天下一品は発売に先立ち、監修シェフの姿をシルエットで公開。「一体誰なのか」とSNSでも注目を集めていた。その正体は、レストラン「sio」オーナーシェフの鳥羽周作氏。人気シェフとのコラボレーションというだけでも話題性十分だが、さらに驚かされたのは、そのメニュー内容だった。
「こってり」の聖地が放った大胆な一手
天下一品といえば、言わずと知れた「こってり」の総本山である。唯一無二の濃厚スープに魅了されたファンは数知れず、「天下一品=こってり」というイメージはもはやブランドそのものと言っていい。そんな天下一品が、この夏に打ち出したのは「あっさり」の冷やし麺だった。
提供された一杯を見てまず感じるのは、たっぷり注がれたスープの存在感だ。冷やし中華のようにタレを絡めて食べるスタイルではなく、しっかりスープを味わう「冷やしラーメン」として設計されている。
カツオとすだちの絶妙なバランス
スープをひと口飲むと、まずカツオの香りがふわりと広がる。想像以上にしっかりとしたカツオの旨味があり、その上で甘みを感じる優しい味わいに仕上げられている。そこへすだちの爽やかな酸味が重なり、後味は驚くほど軽やかだ。酸っぱすぎず、甘すぎず、魚介の旨味もきちんと感じられる絶妙なバランス。油に頼らずともしっかり美味しい一杯に仕上がっている。暑さで食欲が落ちる時期でもスルスルと箸が進む一杯だ。
特に印象的だったのは、すだちの使い方である。柑橘を前面に出した冷やしラーメンは数多いが、香りや酸味ばかりが先行してしまうことも少なくない。しかし、この一杯ではカツオの旨味を土台に据えながら、すだちが全体を引き締める役割を果たしている。鳥羽シェフらしいバランス感覚が感じられるポイントだろう。
新しい食感の麺
麺もまた興味深い。普段の天下一品では濃厚なスープに合わせるため、柔らかでスープを持ち上げやすい食感が特徴だ。しかし今回はしっかりと冷水で締められ、弾力とコシが際立っている。天下一品でこの麺の食感が楽しめるのは嬉しい。いつもの「こってり」を食べ慣れているファンほど、この麺の食感には驚きを感じるのではないだろうか。
なぜ天下一品は「あっさり」を出したのか
実は、この方向性は決して突飛なものではない。著書『天下一品 無限の熱狂が生まれる仕掛け』の取材を通じて、天下一品関係者からさまざまな話を聞いた。その中で繰り返し語られていたのが、「より多くの人に天下一品を楽しんでもらいたい」という考え方だった。
もちろん、「こってり」は天下一品の核であり続ける。しかし一方で、「こってりは好きだけど頻繁には食べられない」「濃厚なラーメンは少し苦手」という人もいる。さらにファミリー層や女性層など、新しい顧客との接点を増やすことも重要なテーマになっている。そう考えると、この「すだち香るあっさり冷やし麺」は単なる季節限定商品ではなく、天下一品が目指す未来を象徴する一杯とも言える。
こってりファンに向けた商品ではなく、これまで天下一品と縁がなかった人たちにも門戸を開くメニュー。だからこそ、あえて「あっさり」を選び、しかも夏向けの冷やしラーメンという形で提案したのだろう。
もちろん、「天下一品に来たらやっぱりこってり」という声が圧倒的だ。だが、ブランドの強さとは、看板商品を守るだけではなく、新しい挑戦ができることでもある。こってりの聖地が放った冷やしの一杯。その大胆な試みは、天下一品というブランドの懐の深さを改めて感じさせてくれた。



