湘南・鵠沼の行列が絶えないかき氷店「埜庵」は、夏の繁忙期に店を休業し、横浜や百貨店での催事に出店するというユニークな運営を行っている。この決断は、店を長く続けるための苦渋の選択だった。
家族のライフステージと店舗運営
店主の石附さんは、娘の教育費をきっかけに店の運営を見直した。夏場の催事で得た収益が冬の営業を支え、冬の客が1年を通じた店の存続を可能にしている。鵠沼の常連客も催事の客も、両方大事な存在だという。
「夏場の催事に来てくれるお客さまのおかげで、冬も営業ができている。冬のお客さまのおかげで1年店は続けられる。鵠沼の店舗のお客さまも、百貨店の催事のお客さまも、埜庵にとっては両方大事な存在です」
娘へのバトン
現在、鵠沼の店舗の店長を務めるのは石附さんの長女・千尋さん。2歳の時に父が秩父で天然氷のかき氷に出会った現場に立ち会い、現在30歳で店の運営を任されている。小学生の頃から店に通い、大学生でアルバイト、卒業後は社員となり、前店長の退職を機に店長に就任した。
「もともと両親から『人手が足りない』と聞いていたので、店の手伝いをはじめたのです。アルバイトとして店に立って、初めて氷を削ったのですが、なかなか思うように削れず悔しい思いをしたことも。でも、うまくなりたいと削り続けているうちに、すっかり夢中になっていました」
千尋さんにとって埜庵は家業以上の存在で、「父は『秩父のかき氷屋に立ち寄ったことで僕の人生が変わった』とよく話していますが、あの日、もう一人の人生も一緒に変えられてしまったんです(笑)」と語る。
石附さんは娘に店を継いでほしいとは期待せず、店を大きくするより長く続けられる形を残そうとしている。夏は催事、秋から春は鵠沼店を営み、行列をつくることではなく、また来てくれる人を増やすことに注力。その積み重ねが23年間を支えてきた。
「ごちそうさまでした! また明日来ます」――今日も店には常連客の温かい声が響く。



