小布施町で創業から200年以上にわたり、栗菓子作りに取り組む桜井甘精堂。ようかん、どらやき、マカロンなど特産の栗を生かした和洋の菓子を手がけ、贈り物にも喜ばれている。こだわりや今後への展望について、桜井佐七会長(61)に聞いた。
松代藩が将軍家に献上した栗で初の菓子
創業は江戸時代後期。小布施の栗は品質がよくおいしいということで、松代藩が毎年将軍家に献上する習わしがあった。この栗を用いて初めて菓子を作ったのが、初祖・桜井幾右衛門だった。1808年に、栗を粉にひいて固めた「栗落雁(らくがん)」を作り、200年以上にわたる伝統を誇る栗菓子づくりがスタートした。
「200年以上続く会社として、栗の品質にはこだわり続けたい」と桜井会長は語る。
大粒で水分少なく、甘み強い小布施栗
小布施の栗は、他県の産地と比べて大粒で肉質は水分が少なく、加工すると甘みが強く、粘り気が生じることが特徴だ。町の南を流れる松川は鉄分を含んでおり、川から押し出された強酸性の砂礫(されき)でできた水はけの良い扇状地が、栗の生育に適している。
将軍家への献上品として珍重されていたことから、古くから「甲州ぶどう、紀州みかん、信州小布施栗」とうたわれている。
「栗屋であれ」、茶色い栗あんに込めた思い
主力商品は「純栗かの子」、栗ようかん、落雁。それ以外にも栗もなかや栗どらやきなど、手頃な価格のものから値の張るものまで多くの栗菓子がある。「どんな商品でも、栗菓子としておいしいということにこだわっています」と桜井会長は話す。
「菓子屋であるよりも栗屋であれ」が理想の姿だ。栗は変色しやすく風味を出すのが難しい。栗の風味を生かすために、色や形、なめらかさなど、犠牲にしなければいけないことがたくさんある。お菓子としては70点だったとしても、栗を生かし、栗をおいしく食べられる栗菓子として100点をとることが目標だという。
同社の栗菓子は明るい黄色ではなく、茶色だ。栗は変色しやすいため、漂白をして着色をすればきれいな栗の甘露煮ができるが、それでは栗本来の風味が損なわれてしまうと考える。「少しくらい不格好でいい」。おいしさには代えられないので、これからもこの思いを守り続けていく。
贈答需要減、気軽な菓子で新たな展開
栗菓子は高級品として、主に贈答用に使用されることが多かったが、最近では贈答需要は減ってきていると感じる。そのため、マロンフィナンシェやマロンパイなど気軽に食べられる菓子も展開している。小布施を何度も訪れている人でも、いつも新しい発見を持ってもらえるよう、栗菓子づくりに精進し、進化し続けていきたいと考えている。
桜井甘精堂は1808年創業。栗菓子の製造や販売に加え、飲食店や喫茶店も経営する。従業員97人、資本金2300万円。売上高は13億5000万円(2026年2月期)。桜井佐七会長は1965年生まれ。小布施町出身。大学中退後、大阪府のマーケティングコンサルティングの会社を経て、90年桜井甘精堂入社。2010年に社長就任。20年の小布施町長選に出馬し、1期4年務めた。25年から同社の会長を務める。



