創業者が手放した金子半之助、コロナ禍で152%成長の舞台裏
金子半之助、コロナ禍で152%成長の舞台裏

ライフ #外食ビジネスのハテナ特捜最前線Ⅱ。創業者が手放したチェーンが、コロナ禍で152%成長を遂げた。祖父の「料理帖」を孫が継いだ天丼店「金子半之助」の異色のM&Aの真相に迫る。

金子半之助の誕生とM&Aの経緯

店の名は「日本橋 天丼 金子半之助」。古風な響きだが、創業は2010年と新しい。現在の運営は創業者・金子真也さんの会社ではなく、2017年にM&Aで事業を引き継いだオイシーズ株式会社だ。M&A後も行列が絶えず、国内38店舗・海外23店舗まで拡大。売り上げは毎年2桁成長の勢いを見せている。

今回、話をうかがったのは、2023年に同社代表取締役社長に就任した工藤智さんと、国内事業本部長の長瀬太一さんである。M&A後、金子真也さんは経営から完全に退いている。それでも、長瀬さんは今も定期的に真也さんと会う時間をつくっているという。

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「創業者しか知りえないことや、どんな思いで商品を作っていたかなどを聞くんです。真也さんは今、金子半之助の『一番のファン』として応援してくれていると思っています」

経営から退いた創業者が、引き継いだ会社の「一番のファン」になる……M&Aの一般的な構図とは少し違う関係が、そこにはある。

祖父の料理帖が導いた江戸前天丼

そもそも、なぜ真也さんはブランドを手放したのか。話は創業前にさかのぼる。

祖父も父も料理人という家庭で育った真也さんだが、自身は料理人の道には進まず、飲食店の経営を学んでいた。転機が訪れたのは28歳のとき。父の体調不良で家業が立ち行かなくなり、店を閉めた。その後、真也さんが仕出し弁当店として店舗を再開する。ただ、知人がラーメンで有名になったことをきっかけに、一品料理で勝負したいという思いが芽生えてきた。

ある日、偶然目を通したのが、祖父が書き残した手書きの料理帖、すなわちレシピノートだ。色あせた金箔と、格子模様柄の和紙の表紙に墨書きで、「揚物」「煮物」「焼物」「やきもの 器」と書かれたものが4冊。白地で小花模様の表紙に「たれ 割下」と記されたものが1冊。どれも古文書のようなただずまいをしていた。その中に「秘伝の江戸前の丼たれ」レシピがあった。

江戸前天丼は1600円前後(店舗による)で提供されている。

金子半之助に懸けた思い

次ページでは、さらなる詳細が続く。

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